★欧州
@ドイツ
・デュッセルドルフ(1回目)
入国審査だけで通過、すぐケルンに向かったので、あまり印象なし。
・デュッセルドルフ(2回目、滞在3日)

緑が多く、余裕がある。ドイツ人は自転車が好きで、大きな通りの両脇は歩道と自転車道の2つに分かれている。自転車用の車道の中は、右側を通行する。そうしないと、容赦なく「右を走れ!」と怒鳴られる。ドイツ人、規則に厳しいのだ。商業都市で、近代的でもあるが、閑静な住宅地もすぐ隣接しており、とにかく余裕がある印象。(01年5月)
・デュッセルドルフ国際空港

現地の人によると、欧州の大都市の中では空港と市街が、最も近いのではないかという。車で10〜15分程度か。空港はこじんまりとしており、荷物検査場が狭いので、団体がいると列が途端に伸びる。とはいえ、団体客が頻繁に訪れるというわけでもなさそう。免税店は10軒程度だったか。(01年5月)
・ケルン(1回目、滞在1日)
列車に乗るため泊まっただけで、かつ時差ボケ、印象が薄い。ケルンの大聖堂は駅前にあり、交通は至便である。(93年12月)
・ケルン(2回目、泊まってはいない)

大聖堂は、高所恐怖症、心臓に病気がある人には不向きか。階段を、ひたすら上る。狭いので、荷物も小さい方がいい。街はデュッセルドルフに比べると大きく、どちらかというと密集した印象だ。観光地として有名だが、駅前から外れると英語がなかなか通じにくい。(01年5月)
Aスイス
・バーゼル(滞在1日)
閑静。街は徒歩30分くらいで歩ける。高い建物がなく、ひろびろとしている。(93年12月)
Bオーストリア
・ウィーン(滞在4日)
リンク(環状道路)の中は、かなり密集していて、人口密度も高そう。道路は一方通行が多く、狭い路地は渋滞する。特に、我々慣れない者がタクシーでお金を数えている間、追い越しの出来ない路地は完璧に流れがストップするのだが、全く、クラクションなど鳴らさない。車は走り出したらどこかで止まるものだ、という当たり前のことが、感覚としてきちんと定着しているのだろうか。これがNYや東京では、どうなることやら..一方リンクなど大きめの道路では、流れているときはかなりのスピードを出す。
街全体が美術館のよう、という陳腐な形容がぴったりする街の一つ。ただし、観光客はとにかく多いので、有名なカフェやケーキ屋、土産物屋など、混み方は尋常でない。(94年1月)
・ウィーン・シュヴェヒャト国際空港
郊外にある。空港は小さい。私などはターミナルからバスで飛行機のところまで乗り、タラップを上がった。実はこの方が好きだったりするが。オーストリアの免税は、指定の店でクーポンを発行してもらい、空港で現金が返ってくるというもの。免税窓口には、日本人の列が出来ていた。(94年1月)
C英国
・ロンドン(滞在3日)

見所は多いが、町が大きいので、回るのに時間がかかる。地下鉄も道路も、朝夕のラッシュアワー以外は町の規模から考えて比較的空いている。皆、残業をしないので、夕方も朝も同等の混み具合のようだ。地下鉄、皆さん乗り方がヘタ。ドアの位置で待って、整列して乗るということをしない。わらわらとドアに殺到する。そして、地下鉄車両が英国人の体格に全然合わない小ささ。混むので、スリなどには注意を要する。また、爆弾騒ぎ(デマもあるらしいが)でよく止まったり

する。止まるときは断固として止まり、駅はシャッターを下ろして客を寄せ付けない。こういう点はちょっと怖い。
タクシーは、乗る前に行き先を告げて、乗れるかどうかは運転手次第。しかし、乗れるとなれば道を教えてくれなどとは言わない。経路選択は、完璧である。
食事は、あまり美味しくないという評判で、私も残念ながら純粋な英国料理というものは食べなかった。過去の経緯からか、インド料理の店が目立つ。中華も多い。(01年5月)
・ロンドン・ヒースロー国際空港
巨大、の一言に尽きる。しかし分かりにくいという印象は無い。入国審査がやたらと厳しく、誰にでも厳格に同じことを質問している様子。団体旅行では、前の人と同じと判断されれば、早く済ませてくれる(こともある、ということにしておく)。出国は全く、簡単だった。免税店、多数。買い物好きの人にはこたえられないらしい。(01年5月)
・プリマス(滞在3日)

こじんまりとしているが、坂道が多く、歩くと運動になる。港の方面はちょっと危ない一角に属するらしい。丘を登って、ザ・サウンズ(湾)を望む公園は静かで、人気(ひとけ)がなくて落ち着くが、軍の基地もあって、一番見晴らしの良いところは軍が使っている。丘を降りて水族館から街に戻る通りが港町らしさがあって美しい。(01年4月)
・英国 航空会社雑感
・ヴァージン・アトランテッィク航空(日英の1往復で使用)
旅行記でも書いたが、わりと革新的なサーヴィスで鳴らしている会社。このときは初めてだったのであまり有難味を感じなかった。食事は普通だった。大柄な英国人アテンダントが通路をどすどすと歩くと、椅子(床?)が揺れるのでちょっと怖かった。日本人アテンダントは、ビジネスクラスの方で働いていて、私のいる区画には一度も来なかった。
・英国航空(1回目、欧州内2航路で使用)
疲れていているときの2回の搭乗なので、あまり印象なし。食事は残念ながら最悪。(93年12月)
・英国航空(2回目、日英1往復、欧州内2航路で使用)
日本からの欧州線は、エコノミークラスはかなり詰め込まれているものの、ビジネスクラスは早いうちからフルフラットのシートを導入するなど、ヴァージンあたりとのサーヴィス合戦の激しさが見て取れる。エコノミーも、椅子がなかなかの出来でよかった。よく空気を入れて頭が左右にぶれないようにする枕を持ち込んでいる人がいるが、ここのシートは元々その機能がついている。これはありがたかった。食事はかなり凝っている。ウナギなど出すのだが、これは珍しいからか、すぐなくなってしまった。

欧州内の路線は、いずれも国際線であったが、食事は簡略化されて、袋にサンドイッチと水などを詰めたものを配る。以前のランチボックスと違い、食べない人はそのまま持ち帰ってもかさばらないのはありがたい。短い路線が多いので、これくらいで丁度良い。(01年4-5月)
Dフランス
・パリ(滞在3日)

見所がたくさんあって、フリー1日では全く回れず。次回に期待。地下鉄や夜道で襲われる、というのは実際あるので、くれぐれも多額の資産を持ち歩かないこと。私も、カメラ屋を巡っているとき、後ろをつけてくる3人組の少年に気付いたが、視線を合わせたら逃げていった。
これまたさんざん言われていることだが、英国からここに来ると、食べ物の違いに愕然とする。本当に、する。
車が多く、無茶な運転が実に多い。凱旋門のロータリーは「カオス」という言葉の意味を知るのに一度見ておいたほうがいい。歩道に駐車スペースとして線が引いてあるのには呆れる。(01年5月)
・パリ・シャルル・ド・ゴール空港
とにかくわかりにくい。建物に、芸術的に凝るのは国民性なのか。それにしても、分かりにくい。入国は全く簡単。何も見ていないような感じ。(01年5月)
Eデンマーク
・コペンハーゲン・カストロップ国際空港

トランジットのみ。床が木目調で、非常に落ち着いた雰囲気。それほど大きくなく、迷うことはなかった。職員が、移動する様はなかなか愉快(旅行記参照)。免税店は多数。もちろん、ロイヤル・コペンハーゲンもあり。(99年9月)
Fノルウェイ
・ベルゲン(滞在3日)

古い港町らしい雰囲気が好印象。週末には、ヨットでワインなど飲みながら数人で談笑している様子は、実に羨ましい。日本人観光客も多いので、魚市場などでは日本語の表示も登場している。どこでも、英語がほぼ完璧に通じる。観光はブリッゲン地区、フロイエン山が有名で、いずれも期待を裏切らない。街は、フィヨルド地形のため細長く、土地は狭いので密集感がある。
交通は、ゆっくりとしている。信号の無い横断歩道で待っていると、必ず自動車が停車する。必ず、である。例外は全くなかった。
食事は、場所柄、魚料理が絶品。酒類は、ノルウェイ自体がたいへん高額な税金を課しているので、高い。概ね、世界的に見て高いであろう日本の、1.5〜2倍は必要だろう。ファストフード含め通常の食品も、付加価値税23%という高率のため、実に高い(内税表示)。ハンバーガーのセットがだいたい600〜700円程度。(99年9月)
・ベルゲン・フレスラント国際空港

街からは30分くらい、欧州では標準的なところ。空港は小さいので、迷うことはない。入国審査はほとんどしない。店は10軒程度。(99年9月)
・オーレスン(滞在2日)

細長い街。主として漁業、観光としてはアクスラ山からの眺望がすばらしい。ガイランゲルフィヨルドの観光拠点として滞在する例が多いのではないか。
食事はここでも、魚が最高。(99年9月)
・オーレスン・ヴィクラ空港

地方空港であり、小さい。街からはかなり離れているが、それだけの土地がないということもあろう。全て、タラップを使って搭乗する。店は2,3軒。空港までの道路の周りが、荒涼としていて感激と言うか、我々にとっては非日常性の観点からは楽しめる。(99年9月)
・オスロ(滞在1日)
大きく見るとフィヨルド地形らしいが、広い。駅付近、アーケル・ブリッゲあたりは人出も多い。交通はベルゲンと同じで、完全に歩行者優先。英語はどこでもほぼ完璧に通じる。相手の話すことも分かりやすい。見所はたくさんあるが、私はあまり回っていない。市電、地下鉄、どこも全然混まないので、オスロ・コルテット(カード)があれば効率よく回ることが出来る。(99年9月)
・オスロ・ガーデモエン国際空港

市街からは遠いのだが、フリー・トーゲット(航空列車、飛ぶ列車くらいの意味か?)という時速200kmくらい出す特急が走っており、22分で着く。空港はモダンだが、落ち着く内装で、全く迷わなかった。便利。免税店は多数ある。出国審査は簡単だった。(99年9月)
・北欧 航空会社雑感
・スカンジナヴィア航空(日欧の1往復と、欧州内4航路)
コペンハーゲンがハブ空港。昔、オスロ直行便もあったらしい。日本への飛行機は、比較的小さいものを使っており、乗客を詰め込んだ感じが薄いのは良い。通路へ、隣の1人に断れば出られる座席配置。乗客定員が99年当時188名と少なく、アテンダントが多忙そうに飛び回ることはなく、落ち着いた雰囲気の機内だった。食事はまずまずだが、行きの2食目に出たチキンが固かった。飲み物などは豊富で、楽しめた。
欧州内路線は、短いので多少慌ただしい。コペンハーゲンからベルゲン線では機中、ほとんどノルウェイ語、アテンダントは我々だけに英語を使っていた。(99年9月)
・ブローテン航空(ノルウェイ内2航路)

ノルウェイ国内と、オランダのアムステルダム・スキポール空港や英国の一部に展開している航空会社。当時は、KLMオランダ航空と関係が深かったが、近年、スカンジナヴィア航空が過半数の株を取得したようだ。ノルウェイ国内の比較的大きな都市(といっても、ノルウェイ第2の都市ベルゲンでも30万、盛岡市くらい)を頻繁に結ぶ。この航空会社、指定席(Best、と称するクラス)と自由席(同、Back)に分かれる。もちろん、自由席といっても座席定員制である。自由席なので、それを逆手にとり、景色の見やすいところに座ることが出来た。自由席の人たちは、搭乗も後回し、機内ザーヴィスは有料である。有料だが、コーヒー150円くらいで、安い。短い路線だけだったので、食事は経験していない。(99年9月)
なお、ノルウェイ国内の地方路線を、ヴィデロー航空という会社が運航している。これも、いずれ乗りたい。
Gチェコ
・プラハ(滞在3日)

ウィーンと同じく、いやウィーン以上に街自体が美術館の様相を呈する。街路が狭いので、写真を撮るには自由度がない。通行人も多い。交通はかなり荒っぽく、油断していると青信号でもケガをしそうである。また、ボッタクリのタクシーや、違法な両替商、刑事を装った強盗、いろいろいるらしい。幸い、被害には遭っていない。地下鉄では私服係員の抜き打ち検札がしばしばあり、日本人には厳しくチェックが入った(改札がないからといって、無賃で乗るのはダメ!)。

料理は、豚肉が最高である。ソーセージ系も美味しい。ビールは各種試すことが出来、通貨上安く感じられるので、飲み代には苦労しない。空港で、350mlが90円。現地の人は年収200万円そこそこであり、安いものではないらしいが。
商店は、することがいちいちまどろっこしく、ガラス器などの買い物には時間がかかる。待たせることを全然悪いと思わない風習は、共産主義時代の遺物かと勘繰りたくなる。計算間違い、住所間違い、厳重にチェックしないと、物が届かないので注意。(99年9月)
・プラハ・ルズィニエ国際空港

きれいである。入国・出国ともに審査はずいぶんと時間がかかった。なぜか航空券にも管理官がはんこを押してくれる。空港からのタクシーは乗合のミニヴァンが安全(料金が固定なので)。しかし、運転は安全とは言いがたい(これは、どれも一緒だろうと推定)。怪しい呼び込み多数。避けるに限る。(99年9月)
★米国
@カリフォルニア
・アーヴァイン
ちょっとコメントが難しい。アーヴァインに滞在しながら、ディズニーランド等に行っていて、そちらの印象が強すぎるのだ。あえて言うと、土地の海のようなところに、街が島のように点在し、ハイウェイがその間を結んでいる、というような感じだ。とにかく広い。米国で、通信が発達するのもよく分かる。東京のような混んだ交通はなく、団体時以外はずっとタクシーで移動していた。タクシーは流しがいないので、ホテルなど特定の乗り場に行くのだが、直接電話で呼んでもいいらしい。降りるとき、携帯電話の番号を書いた名刺をくれたりするが、「○○まで来てくれ」と説明できないので、やはり近くの乗り場まで歩くのが常であった。(96年4月)
・ロサンゼルス国際空港
・ジョン・ウェイン・オレンジカウンティ空港
Aイリノイ
・シカゴ オヘア国際空港、ユナイテッド航空とスターバックスコーヒー
なぜこんな長い表題か?..いま、日本でもたいへんに流行っているスターバックスコーヒーであるが、旅した96年当時、ユナイテッド航空がさかんに宣伝していた。あの独特の香りは、米国でも有名だったらしい。空港で、コーヒー豆を運んでいるおじさん。袋に穴が開いていて、豆が少しずつこぼれてしまうが気付かない。その豆の香りにつられて、空港にいるお客さんが列をなしてついていってしまう、という映像を流していた。それほどにすごいのかな、と半信半疑であったが、シカゴ空港ではしっかり店でコーヒーを飲んでいたのだから、宣伝の効果はあったのだろう。その後、ハワイ旅行でユナイテッドに乗ったとき、やはり「あの香り」がして、ああ、ユナイテッドに乗っているんだなとヘンな感想を抱いたものだ。大きなサイズを注文せずとも、お代わりができるのが最大のメリットと言えよう。その後、日本に進出し始めた頃、店を見ると懐かしくて写真を撮ってしまったこともある。
それで、シカゴ空港の話。ここはカリフォルニアからテネシーへ向かう途中、乗り換えで寄った。ここも巨大な空港だ。96年当時なのでセキュリティは甘かった。出入り口がほとんど開放状態だったのだ。空港内は清潔で、表示類も分かりやすかったように記憶している。(96年5月)
Bテネシー
・ナッシュヴィル
5月だったが、湿度が高く、暑かった。日本的な暑さがある。今はどうか分からないが、96年当時、街中にも廃屋などがあり、少々不気味な一角もあった。英語は、あまりはっきりと発音されないので、かなり難儀する。サンドウィッチ一つ、まともに注文できなかった。(96年5月)
Cニューヨーク
・ニューヨーク
いまはちょっと語りにくいが、WTCビルにも登った。911については、なんともコメントしがたいものがある。街中の交通、自動車はとにかく大変な混雑で、クラクションが鳴りっぱなし。あまり海外経験はないが、こういうのは今のところここだけ。だって、鳴らしても解決する問題じゃ、ないと思うのだが。それはさておき、そんなうるさい路上で、ヒュッと口笛を吹いてタクシーを止めるNYッ子はカッコいい。クラクションもこれも、真似できない。(96年5月)
・JFK国際空港
Dハワイ
・ワイキキ
たくさんの人が行っているので、感想を述べるも陳腐だろうが、まず、楽に過ごすことが出来るところは、と問われればここを勧めても問題にはならないだろう。もしかすると、数日間日本語だけで用が足せてしまうかもしれない。各ブロックに1つはあるのではないかと思えるABCストア(コンビニ)、ほとんど全員が日本語を解すのではないかと思ってしまうホテルの免税店の店員、楽は楽だが刺激は少ない。風景は秀逸で、何を撮っても写真になるのだが、帰ってきて現像してみると、旅行ガイドとウリ二つだったりして、がっかりすることも。
ただ、ハワイへの観光客というのは、日本人は実は一部でしかないらしい。それでも目立つのは、やはり団体行動が多いからかも知れない。オアフ島も、裏側(?)に行くと、とんと日本人は見かけない。(96年9月)
・ワイキキ国際空港
・米国 航空会社雑感
・ユナイテッド航空(1回目、日米往復と、米国内5航路)
どうも日本人が米国に旅すると、食事がまずい、サーヴィスがなってない、という話になりがちだが、私はそれほどに思わなかった。日本からの航空機はゴールデンウィークとういうこともあり満員で、詰め込まれてきつい感じであったが、サーヴィスは問題なかった。96年当時、まだ喫煙席が最後部に5席くらいあったが、それも今は昔..である。上記のとおり、スターバックスコーヒーがウリだった。今はどうなのだろうか。
昔から、FFP(よく乗るお客へのサーヴィス)が充実している航空会社として有名。格安航空券でもうるさいことを言わず、マイレージを加算してくれた。いま、どこの航空会社もマイレージだらけ、しかも統廃合で混迷もいいところだが、結局、どこの会社のマイレージサーヴィスがいいのか、ちょっと分からない。(96年5月)
・ユナイテッド航空(2回目、ハワイ往復)
ハワイ線だったので、当然、9割以上が日本人。9月の連休だったので、またもや満員の飛行機。日本からだと21時ごろの出発であり、便利。ハワイに朝着いてしまうが、そこはハワイ、アーリーチェックインという制度で、早めに部屋に入れてくれるところもあったりする。(96年9月)
・アロハ航空(オアフ・ハワイ島往復)
座席は自由席だった。しかも、6人で一緒に買ったら、航空券まで1枚で済まされてしまい、空港職員に分からせるためか、色鉛筆で×5と書いて、しかも間違っているので二重線で消して×6。いいかげんであった。非常に短い路線なので、機内サーヴィスは飲み物だけ。(96年9月)
・アロハ航空(オアフ・カウアイ島往復)
再び乗ったが、変わっていなかった。小さな飛行機は水平になる時間が極端に短い。飛ぶ時間より空港で待つ時間の方が圧倒的に長い。1stクラスに1回乗ったが、あまりメリットはなし。優先搭乗と、ドリンクの希望を先に聞かれて早めに準備してくれるくらい。(03年4月)
・コンチネンタル航空(成田−ヒューストン往復・ヒューストン−リマ往復)
ペルー旅行のために乗ったもので、特にヒューストンに用があったわけではない。ヒューストンへのB777は座席の背もたれがずいぶん高くて、背の高い米国人仕様なのかと思った。飛行時間が長いからか、食事が3回も出た。2回目は夜食という位置付けなのだが、カップめん、サンドイッチ、おにぎり、キットカットというとんでもなく高カロリーなもの。ん、つまり米国人仕様なんだな。リマ行きはB757という小さな飛行機で、こんなので6時間以上飛ぶのかと思うと恐れ入る。ここでも2食出たのだが、最後部に居たせいか、1食目が足りなくなってしまった。ひどいねぇ。なお、食事自体はけっこう美味しく頂いた。
帰りの便で熱が出て寒いから毛布をもう1枚もらおうと呼び出しボタンを押したが何度も無視され、挙句に断られた。これで、もうこの航空会社を使うまいと決心した。(04年12月・05年1月)
★南米
@ペルー
・リマ(滞在2泊だが移動の拠点だけで、ほとんど歩いていない)

国の人口の4分の1がここに住んでいるというから極端に首都集中になっているというのか、地方に産業がないのかよく分からない。市街地は大きくて、旧市街、サン・イシドロ地区といった観光客が多くいるところがそれぞれ離れていて、それらを歩いて行こうとするとけっこうな距離になり、時間がかかる。それに、安全面からもタクシーに乗って移動したほうがいいらしい。ドアをロックして、車の中でも鞄は体にし

っかり抱えて持つという姿勢が重要だそうだ。タクシーが宿への道に迷い、近くだから歩くよと言ったら断固反対され、大通りの明るいガソリンスタンドの電話まで案内されてそこから宿に電話して案内を乞うた、なんていうこともあった。そのとき、先に電話を使っていたおばさんからも、くれぐれも夜は注意してね、とアドヴァイスを受ける。というように、親切でいい人も多いようだが、タクシーにはメーターがなく事前交渉制だし、よく分かってないやつだと見られるとボられる。前もって泊まる宿などに相場を聞いておくことが肝要。
交通は極めて荒っぽい。車線変更で方向指示器を出す人はまずいない。左折・右折でも出さない人がいるくらい。渋滞するとクラクションを鳴らしまくるが、人に対してはあまり鳴らさず、無音で減速もせずに突っ込んでくるからこれも怖い。右側通行・左ハンドルなのだが日本の中古車をわざわざ左ハンドルに改造して使っている車が多数走っている。商用車に至ってはドアが左側(つ

まりここでは車道側)にしかない、なんていう恐ろしい車も..整備不良車も多く、空気が良くない。あまりよくないので、近々車検が導入されるとか。
また、リマに限らずペルーは道端のごみが多い。ハイウェイ沿いの大規模な投棄は目に余る。(04年12月-05年1月)
・クスコ(滞在2日)

標高3360mという高地にあり、リマからいきなり来て高山病でぶっ倒れる人もいるとか。高山病にならなくても、とにかく無理は禁物だ。茶色の瓦で統一された街の景観はすばらしい。すり鉢状の土地なので坂道、階段が多く、ちょっとした移動で息が切れたり動悸が激しくなったりと、慣れるまではとにかく自重しかない。特に夜寝る際に頭痛や息切れして目が覚めてしまうのは精神的にもなかなかつらい。

通りは狭く、タクシーなどがぶいぶい走るので前後左右に注意が要る。街の中心部には要所要所に警官やパトカーがいて治安状況はなかなかよかった。物売りや客引きの子供が多く、相手をするとすぐに数人に取り囲まれてたいへんにうるさいから要らないものは断固として断ること。
アルマス広場付近はおしゃれな店も多い反面価格もそれなりにする。ちょっと外れたところで食事すると安上がり。一品料理ではなく、メニュー(定食)のリストを出してもらうと3-10ソレス(約90-300円)程度でスープ・メイン・飲み物のセットが食べられる。(04年12月)
・アグアス・カリエンテス(滞在1日)

マチュピチュ観光への拠点として近年発展が著しいようだ。宿やレストランが乱立気味で、客引きがあそこはノーグッドだ、こっちにしろというのには閉口した。とはいえ列車は午前と夕方しか発着せず、あとは川の音が聴こえるばかり、静かなところである。クスコに比べると標高が1000mほど低いので、ここに来ると高山病は良化するだろう。地名の通り温泉が出るところだそうだが、水着を着て入るので準備が必要になる(入っていないので詳しいことはなんとも)。
マチュピチュを日帰りでなくもっと楽しむにはここか、マチュピチュ・サンクチュアリロッジ(バカ高い)しかなく、ほとんどの人はここで宿を探すことになろう。(04年12月)
・プーノ(滞在2日)

標高3855m、クスコよりさらに500mほど高く、たいていの人が空気の薄さを感じるのではなかろうか。街は小さく、道路も狭い。交差点の見通しが悪いので、小さな十字路にも信号があったりする。
街の見所はあまりないように思った。チチカカ湖の観光拠点として皆がすぐに湖に出てしまうのか、街の繁華街もそんなに大きくない。湖の方に歩くと市が立っていたりして、これが街中よりずっと活気があって面白い。もちろん懐中には要注意。(05年1月)
・ペルー 航空会社雑感
国内は、ランペルーにしか乗っていないので全体を語るには材料不足だが。
最大手と言われていたアエロ・コンチネンテは創業者が麻薬から得た利益で会社を興したという疑惑で米国から睨まれていたらしいが、どうも04年冬に行った感じでは、廃業しているようだ。リマ空港の格納庫前にいろんな機体がごちゃっと駐機してあって、とても営業しているとは思えなかった。

ランペルーはチリの航空会社が経営しているので、クレジットカードで航空券を買ったら、購買地がサンチアゴと表示されていたり、ペルー経済に貢献できてないな、とちょっと複雑な気分である。この航空会社は機体も新しく、きちっとしているように見えるが、リマ−クスコ線は天候に左右されやすく時刻変更も頻繁らしい。特に、国内線と言いつつ2時間前のチェックインというのは早すぎ。全員揃えば1時間前でも飛んでしまうというのには驚いたが、クスコは地形が複雑で有視界での航行になるということで、とにかく条件の良い午前中に着かねばならないという事情があるらしい。
空港税がけっこうな出費だった。国内線で約5ドル、国際線は29ドル近くを払う。リマ空港は05年1月現在改修中で、到着して入国審査をするところなど、いかにも仮の建物といったぼろいところであった。(04年12月)
・ペルー 鉄道雑感
99年に民営化されたが、日本の感覚ではほとんど機能しているとは言いがたい。観光客に関係あるところと言えば以下2路線であろう。両方とも乗った。
・クスコ−アグアス・カリエンテス間

マチュピチュへの観光路線として有名。112kmを3時間以上かけて走るという超低速であり、近年バス利用者が多いと聞く。クスコを出たあとスイッチバックで盆地を上がっていくのはなかなか風情があってよろしい。超有名観光地への路線であるためバスに客を取られつつあるといえども乗車率は良く、予約する方が無難。毎日運行しているが乗車率が15%未満だと運休らしい。クスコ発は朝6時ごろ、帰りは15時発でクスコは夜になるので、スイッチバックをしながら夜景を楽しませてくれる。(04年12月)
・クスコ−プーノ間

380kmを10時間かけて進むこれまたのんびりした列車。こちらは月・水・土運行で、しかも運行しているかどうかは現地に行って大丈夫か確認が必要という、ちょっと不確実な列車。というのも、バスが7時間くらいで走ってしまい、完全に時間では負けるからで、交通機関では寝るに限るなんて人はこの列車にはもう縁がなかろう。1等には展望車もあって、風に当たりながら風景を眺めるのは最高である。大きなテーブルを挟んで向かい合わせに座り、昼食はコース料理、というのが居心地悪い人は2等に乗るか、バスの方が気楽だろう。食事は1等料金に含まれるが、飲み物は含まれない。高地を走るので、酒類はクスコで飲んで大丈夫な人以外にはお勧めしがたい。最高地点ラ・ラヤ峠(標高4319m)とフリアカで10分程度の停車がある(乗降はフリアカのみ)。(05年1月)
・ペルー 長距離バス雑感
鉄道よりずっと発達している。雨季は時間が狂いやすいらしいので要注意。
・オルメーニョ社

高級な車両を使って、非常に長距離を走っている。国際路線もあって、なんとブエノス・アイレス行きなんてのもあるので驚く。長距離はロイヤルクラスが楽だ。3列シートで、航空機のビジネスクラスのような大きなシートは実際楽ができて良い。それでリマ−ナスカ444kmが7時間、3000円くらいだから日本の感覚では安い。が、庶民の乗るバスに比べると5倍くらいである。ただ、高級とはいえ時間に正確とは限らない。そもそも出発で意味もなく遅れるし、街中では渋滞、主要なホテル等での乗降があったりしてけっこう時間が取られる。また、バスの故障もある。(05年1月)
・サン・マルティン社
ピスコ市内で、旅行会社で安いバスはどこ、と聞いたら教えてくれた。本当に安くて、ピスコ−リマ約240kmが300円くらい。しかしバスはボロで座席は汚れていて、ノミだか蚊に体を何箇所か咬まれてしまった。出発が遅れるのと、いろんなところで乗降を繰り返すので時間が読めない。係員の言う所要時間に+1〜1.5時間はかかるような気がする。(05年1月)
★中東
@UAE
・ドバイ(滞在1日及びトランジット)

近年発展著しく、観光地として有名になったから行った事のある人も多いだろう。ドバイ空港での乗り継ぎが便利で、免税店なども24時間営業していて不夜城の趣。街も夜遅くまで賑やかだ。昼間は暑すぎて店も営業していないから博物館か宿に避難しているのが適当だろう。金曜は完全に休み。人ごみの中で手荷物に注意しなければならないのは当然だが、そんなに治安が悪いという印象はなかった。電化製品では日本製が絶大なブランド力を持っているのか、日本製を騙ったパチものも多数見られた。

交通はガソリンが極めて安い(1Lあたり7-8円!?)ということもあって完全に車社会。皆よく飛ばす。市内は場所によってかなり混む。お金持ちが多いので、車は最新のものが多数走っている。クリークを渡してくれるアブラはその中にあってのんびりした古きよき乗り物だ。真昼間でもクリークの上は意外なほど過ごしやすい。昼は2人で1ディルハムと格安だが夜は割り増しを吹っかけられるので注意。(04年9月)
★アフリカ
@タンザニア
・ダル・エス・サラーム(滞在1日)

事実上の首都。人口集中著しく、街中にゾロゾロと群集が歩いているのは壮観だが、ちょっと怖いところもある。写真は嫌われる。交通がめちゃくちゃで、ぶっ飛ばしている人多数、混むとクラクションを鳴らし、人もどかせて進む。左側通行なので日本の中古車をそのまま使っている。一昔前のマークIIなどが人気車で、多数走っている。市の中心部近くは欧米式の交通信号で、郊外は日本のものが付いていたりしてこれはODA絡みでこういうことになっているのだろうが、それも不作動で、結局警官が手で整理していたりする。

小さな店や露店が多くあり、日本人はどう見ても観光と見られるようで吹っかけられる。拾ってきたようなものを売っているのには苦笑いだが、そこは価格交渉で切り抜けるしかない。
街灯が極端に少なく、夜になると道が真っ暗になるので防犯以前に足元が怖い。(04年9月)
・ザンジバルのストーン・タウン(滞在3日)

世界遺産に登録されている。迷路のような狭い街路はどこを歩いても味があって美しい。勝手についてくる自称ガイドには断固として要らないと断りを。タウンの外、ダラダラ(バス)乗り場付近は交通や人ごみが交錯して危ない。ダルエスサラームと同じく、街灯が少ないから夜は足元が見えないようなところも多数あって要注意だ。

上空から見るときれいな海も、ビーチで見ると油が浮いていたりして意外なほど汚い。これは廃棄が勝手気ままに行われていることが大きい。船から大きなゴミが投げ捨てられているところも多数見かけた。先進国のような規模の工場が、あの気ままさで運営されたら一気に汚染されてしまうと思い、慄然とした次第。(04年9月)
★アジア
アジアが一番下になってしまった。行くのには比較的時間がかからないわけだし、今後積極的に行こうと思う。
@中華人民共和国
・香港(滞在4日)

初めてのアジアは香港だった。中国返還後、経済の中心は大陸側に移ったとされるがまだまだ元気のようだ。有名な高層ビルはもちろん、住宅もタワー中心になっていて、しかも家賃は東京などとあまり変わらない水準だ。空気が悪いから高いところが好まれるのだそうだが。食事の物価はピンキリだが高級なレストランの夕食でも2500円相当でお腹いっぱいに食べられる。香港の人たちは9割方が共働きで、朝食も外食する人が多いということで、飲食店は朝早くから深夜まで営業している。食べ物は薄味で、日本人が食べる中華のイメージからすると塩味や辛さが足りないと思われるかもしれないが、飽きが来ないし、クセが少なくて良いと思う。観光地なので、北京風や四川風の料理もあるが、基本的に広東風のアレンジ(即ち、薄味)が入っているように思われた。食事はちょっと残すのが礼儀だそうで、ショッピングモールのファストフードでも必ず、何かが残されたままになっていた。
ハワイやドバイなどと同じく、室内の冷房を効かせ過ぎる。買い物が好きで店に出たり入ったりが多い人は要注意。夏でも長袖を用意しておくべきだろう。
日本のアイテム(アニメ、漫画、お菓子、キャラクター商品)が大変な人気で、専門店も多い。漫画など、日本でいま連載中のものまで中国語に翻訳されている。日本製お菓子は中国人観光客には人気のお土産になっていて、ただ、日本製を騙ったニセモノではないかと思われる商品も見受けられた。ちょうど反日デモが激しくなっていた折だったのだが香港の人は冷静で、暴動のようなデモはなかった。(05年4月)
★オセアニア
@オーストラリア
・ケアンズ(滞在5日)

熱帯にあり、冬でも泳げるところだ。海岸は細かい土が干潟になるようで、海水浴は沖合いのグレイト・バリア・リーフ(GBR)に出なければならない。人口11万人くらいの地方都市で、街はそれほど広くもなく、のんびりしている。観光客が多くいろいろな言葉が飛び交う街だ。オーストラリアは就労に寛容とのことで、日本人がワーキングホリディでたくさん働いている。ひょっとすると、ハワイ以上に英語が要らない観光地ではなかろうか。観光地ゆえ、レストランでの食事はわりと高くつく。味付けは薄味で、パスタはふにゃふにゃだ。
ホテルなどで冷房がきつい。どうも、暑いところは過度に冷やすような気がする。
・コネラン(エアーズ・ロック、滞在2日)

エアーズ・ロック観光の拠点。正確にはコネランではないのだろう。そもそも、オーストラリア人が住んでいるというのではなく、観光のためのホテル、長期滞在のアパート、スーパーやレストランがあるだけだ。なにしろここしかないから何事につけても出費がかさむ場所だ。ここの水道水は飲用できる。オーストラリア大陸が海底にあったころの水が大地でろ過されて地下水として蓄えられている由。(05年8月)
・オーストラリア 航空会社雑感
・カンタス航空(日本から往復と国内2回)

実際はクォンタス、みたいな発音ですな。サーヴィスはまあまあか。日本への便で食後にアイスクリームが出たのには感心。メニューカードなどを離陸した後から配って、しかも数が足りないなんていうあたり、大雑把な気質を感じる。食事は良かった。オーストラリア産のブランデーもなかなか美味しいものだ。国内線の食事は薄味で、塩を足さねばならなかった。(05年8月)
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