古いフィルムからのスキャンなので、画質はあまりよくなく、さらにカビまで生えてしまっていた。一応手当てしてからスキャンしているが、カビ跡(手当て前後の写真例はココ)は残っている。
(拡大する写真には枠が付いています)

第1日 87年12月25日〜第2日(船中泊)
仙台→青森→(船中泊)→函館→札幌→釧路→根室(泊)

 アルバイトを終え、給料をもらってから仙台駅に向かった。実家は浦安なので、普通はそのまま帰るべきだろうが、せっかく仙台に住んでいるのだから、多少近いということで、北海道に行ってみることにした。いや、この理由が説得力のある理由だとは自分でも思っていないのだが、数日出かけるだけだから、この程度の決断でいい。荷物は準備してあるので、不要なものを手提げに入れて、仙台駅から宅配ボックスに入れて実家に送っておく。これで身軽になったと思ったら、いまもらったばかりの給料袋もそこに入れてしまっていた。これでは旅行先で資金が尽きてしまう。大バカであるが、宅配ボックスの問い合わせ先に電話して、カギを開けて貰った。出かける前から大騒ぎをする羽目になったが、予定の列車には間に合った。盛岡までは普通列車、そこから先は特急「はつかり号」である。車内で学生オケの先輩、Uさんにばったり遭ってしまった。驚いたが、向こうは函館が実家、こちらは浦安だから、Uさんのほうがずっと驚いたであろう。Uさんとは楽器も違うし、年齢も離れているので、話題があまりなく、少々窮屈な思いをした。

 前回の北海道旅行は夏で、高校生だったからカメラにあまり興味も無く、かなりいいかげんに撮っていたのだが、今は大学生、学生オーケストラで舞台写真を撮っている。舞台写真を撮っているということはつまり、楽器の腕がよくなくて本番に出演させてくれないというわけであり、あまり名誉なことではない。しかし東北大学交響楽部はその点厳しくて、標準的には1-2年の管楽器の連中は、ほとんどが舞台には乗れない。そして、ポスター貼り、看板製作、舞台設営や駐車場の交通整理、会場のドアマンなどの役割を割り当てられる。私は親のカメラ(オリンパスOM-1)があったため、写真係を命ぜられたわけだ。運良く、後輩のM君がやはり親のOM-1を持っていて、交換レンズも共用できるから、この旅にはM君のズーム35-70mmF3.5-4.5、28mmF3.5も持って来ていた。自分のレンズは、シグマの80-200mmF4.5-5.6、たしか2万円くらいのものを、3回分割払いで買ったような記憶がある。そんな貧乏な状況で、旅行しなくてもいいようなものだが。

青函連絡船にて 青函連絡船は日が変わって0030時発。夜行便なので、椅子席ではなく座席(?)にした。写真を見れば分かるが、各自、スペースを確保して横になったりしている。天候不順で波が高く、ローリングで気分が悪くなった。横になるのは控えることにする。どのみち、3時間50分、大して眠ることはできない。函館に着いて、Uさんとは別れた。
 札幌までは特急「北斗3号」、045北斗3号、函館駅にて6発、札幌着は0853着である。こんな時刻に特急列車を走らせるのも、青函連絡船との連絡のためで、輸送量では既に航空機に太刀打ちできない状態とはいえ、まだこういう列車が走っていた。自由席に席を確保して、駅で列車の姿を撮っておく。早速M君から借りたレンズを活用。車内ではほとんど寝ていて、千歳あたりで起きたような気もするが、また眠ってしまった。
 札幌に着いた。東京の友人に、衝動的に北海道に来たことを電話し誘って見る。さすがに行くとは言わなかった..当然か。

 12月で、札幌も未だ雪の量は少ない。寒さも思ったほどではなかった。今日は根室まで行くので、ここから特急「おおおおぞら3号 グリーン車ぞら3号」に乗る。発車までは30分くらいあり、入線を待ち構えて写真を撮っていた。ここからは自由席ではないので、発車まで何をしていても安心だ。この列車は、ハイデッカータイプのグリーン車が連結されており、今回、それに乗ることにしている。前回の旅行のスロ54ほどの味はないけど、国鉄末期に、いろいろ差別化図ろうとして製造されたこの車両に乗ってみたいと思っていたのだ。ハイデッカーなので、少し階段を登る。窓は屋根までかかり、車内は明るい雰囲気だ。編成の中でも1段上がった窓は全体を見てアクセントになっていると思う。シートは固めで、リクライニング角度はあまりないが、景色を見るには良い車両だと思う。車窓から
 定時に発車。グリーン車なので、車掌さんが駅で顔を出す窓がある。車掌室の向かい側は部屋ではなく、通路にそのまま可動の窓があるような構造なので、ときどきここから顔を出して写真を撮っていた(もちろん、車掌さんに断った上で)。天候は薄曇り、時々雪。雪が降らなくとも、列車が巻き上げる雪煙がものすごいので、写真撮影には不適であった。M君から借りたレンズは雪まみれにしては申し訳ないので、自分の所有物だけで撮っていた。
走行中!
通路の可動窓から

 雪が舞い上がり、しばしば前が見えなくなる。




列車交換
列車交換

 列車が通ると、レールのところに深い轍ができる。後方はポイント部のスノーシェッドだ。



 後半は眠くて、それに、この明るい窓から入る陽光が気持ちよく、しばし居眠りをした。居眠りというのも列車の旅のよいところで、何のために乗っているんだ、という向きもあろうが、私はこういうムダな時間がけっこう好きだったりする。
 釧路には定刻に着いた。4時間59分、北海道は茫洋とした広さで、速いのか遅いのかよく分からない。が、約350kmを5時間なら、冬季ということを考えると自動車よりはずっと速いだろう。今日はここからさらにもう一つ、根室まで行く。この根室までの線路がまた一段と広々として、美しいというより本格的に疲れてほとんど堪能できず。車内が混んでいて窓が曇ってしまったのもあるが。仙台から約26時間かかった。根室で泊まる。


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87年12月下旬
第2次北海道旅行
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