社会人になってからの旅行なので、機材や写真の枚数は充実し始めているが、写真の質は今ひとつ..鉄道での移動は最初だけなので、風景写真が多くなった。
(拡大する写真には枠が付いています)

第1日 95年7月29日〜第2日(車中泊)
日吉→上野→(車中泊)→青森→函館→(車中泊)

 社会人になって6年、思えばこのころからカメラ熱が高まってきていたのだろうと思う。高額な超望遠レンズなどを買い、舞台撮影での成果は上がっていたものの、風景写真もしっかり撮りたいと思っていた。そこへちょうど職場のSN氏が、北海道に帰省するのだが家にいてもヒマだから一緒に回らないか、と誘ってくれた。渡りに船とばかり、その申し出を有難くお受けすることにした。聞くと、自家用車で帰省するのだという。全行程を一緒に動く必要はないだろうし、SN氏も札幌で旧交を温めることもあろうから、現地集合にしようと提案、札幌まで私は列車で行くことにした。

 札幌行きの列車となれば当時から有名なのは寝台特急「北斗星号」であるが、夏休みにこの列車の寝台券が取れるわけもない。しかし私は寝台列車、しかもB個室(ソロ)に乗りたい。となれあけぼの号 上野駅にてばもう一つ選択肢があって、それは秋田回りの「あけぼの号」である。この列車にはB個室寝台が2両連結されている。それに、これなら北海道行きより空いている可能性がある。これにしよう。B個室寝台「シングル」は車両中央に通路を設け、左右に細長い部屋を2階建てで作った車両である。手間がかかっているわりに、寝台料金は一緒なので、しみったれな私は嬉しい。料金はともかく、カギがかかるというのも安心で、レディースカーなどと車両を分けるより、こっちの方がよほど良いのではないかと思われる。とはいえ、グループ旅行では1人個室は不便になってしまうので、それぞれメリット・デメリットがあるわけだが。私が手配したときは下段の部屋しか開いておらず、否応無く下段になってしまった。部屋は従来のB寝台とほとんど同じくらいのスペースで、上段の部屋への階段が下段の部屋に食い込んでいて、圧迫感がある。問題は着替えで、上段の部屋では階段部分に立つことが出来るが、下段は立てない。浴衣が用意されているがこれでどうやって着るのだと、独り文句を言っていた。

B個室寝台下段
B個室の入口から中を見ると

 右手前に上段の部屋の階段が見えている。これがたいへんな圧迫感である。人によっては、従来のB寝台の方が良いと言うかも知れない。
 カギは暗証番号式である。


B個室寝台の様子
ベッドに座って奥の方を見ると

 右上の階段で部屋が何となく暗い。右下に荷物などを置くが、そうするとテーブルが使いにくい。絶対的なスペースが足りていないようだ。
 テーブル上、ビールや弁当を広げているあたり、写真への配慮が欠けている。
 それでも自分のスペースだと思うと気分が良い。今まで個室といえばA寝台、一晩で14000円も払わなければ乗れない代物だったのだ。それが6000円ならありがたい話ではないか?ま、それでも巷のビジネスホテルより高いのであるが。外は蒸し暑いが、車内は冷房がしっかり効いているし、それが部屋ごとで調整出来るのも嬉しい。しばらく夜更かししてから、眠った。

 秋田回りなので翌朝はゆっくりしていても問題ない。個室だからいつ起きようと勝手なのだ。普通のオープン式の寝台は、朝は強制的に起こされてしまう。なぜならば、下段は4人の座席として使われるので、寝ていてはいけないから。それに、区間の特急としてB寝台が開放されて(俗に言う「ヒルネ」)、地元の人が乗ってきたりしてざわざわしたりするのだ。その点も個室は関係なく、静かで良い。しかし車内販売がほとんど素通りなのは困った。何度か通ったらしいのに、気付かず。何回目か、ようやく弁当を買うことが出来た。
上段の様子
上段の様子

 上段は屋根裏部屋の趣。窓も湾曲している。しかしこの写真を撮る位置、つまり階段部分に立つことが出来るので、着替えなどは楽だ。ベッドは、手前左側に折り畳まれている。
 こっちの方がいいな、とは思ったが、狭い階段は大荷物を上げるには苦労しそうだ。大型のスーツケースは、入らないだろう(それは下段も同じか)。


 青森には定刻に到着。ここから快速「海峡号」で函館海峡号に向かう。50系客車に新幹線0系のシートを入れた車両である。50系は標準が臙脂色だが、これは紺色になっている。快速だが、指定席がある。青函トンネルの海底駅の見学者を乗せるための専用車だ。私は見学はしないので、そのまま普通の自由席である。
最深部を通過中
最深部通過中

 こう表示されているからそうだと思うだけで、一切外が見えないトンネルの中は、少々退屈であった。



 それにしてもものすごい飛ばし方だ。トンネル内ゆえに轟音が増幅されているのか。加えて、50系車両はこんな速度で飛ばす前提で造られていないのではないか、というほど揺れた。外に出ると、ホッとした。

函館市内 函館は今まで通過していただけだったので、今回初めて街中に出る。函館港祭りがもうすぐで、開港136周年って、ちょっと中途半端だが毎年数字を変えてやっているのだろう。
 路面電車は各都市で廃止されて珍しい存在なので、何枚か写真を撮っておいた。一日乗車券を買って何度か乗ったが、交通量が無ければ便利な乗り物だろうと思う。1年半前にヴィーンで乗って以来だが、いろんな交通手段が共存しているのは見ていて楽しい。
 適当に観光もしようと、立待岬などに行ってみるが、モヤっていてあまり良い風景ではなかった。自分の写真の腕もあるのだが、何枚撮っても今ひとつであった。とは立待岬にていえ、この函館駅前交番時点ではまだマシで、この旅行、後半は雨に降られてしまうのであるが、もちろんそんなことは知る由もない..
 街中では、看板などにロシア文字が見られる。ロシアの船が入港するのであろう。Хакодатэ Экимаеで「ハコダテ エキマエ」らしいが、ま、そう言われればそんな気がする、という感じだ。ロシアもそのうち行ってみたいが、当時はまだまだそんな興味はなく、ヘンな字だな、くらいにしか思っていなかった。

 荷物が多すぎて行動力が追いつかなく、一部をコインロッカーに入れて夜に備える。函館に来た目的は、実は夜景撮影である。本格的に夜景を撮るのは函館山にて初めてである。人出は多く、バスは何台も臨時が出て、山道を連なって登っていく。途中、木々の間から市内の光景が見えると、車内で歓声が上がる。確かに、きれいだ。空気が澄んでいるのか、くっきりと見えて気持ちがいい。
 山頂では記念撮影のラッシュ。業者の人が最も良い場所を占有しているのは仕方ないにしても、まぁすごい人出だ。バスが着くたび悪ノリ写真、人の波が押し寄せる。それでも一番前に出て、三脚をセット、しかし脚を広げると暗がりの中けが人が出そうなので、あまり広げないで撮った。押し合いへし合いなので何枚かはブレて失敗していたが、全般にまともな出来であった。露光中ズームや露光中ピントずらし(右写真)など、悪ノリもやったがそれはあまり良い出来にはならなかった。遊ぶ以前にまずは本道を行ってから、であろう。せいぜい、ソフトフィルター程度が適切か。

 函館駅に戻ったら、乗る予定の快速「はまなす号」が遅れているとの放送。架線事故らしいが、明日SN氏との待ち合わせに間に合わない。実家の電話はもちろん聞いていたので、深夜ではあるがそこに電話した。SN氏は明日の早起きに備えてもう寝てしまっており、親御さんに伝言をお願いした。

 約1時間遅れて、「はまなす号」が到着した。今夜は通常のB寝台である。荷物は怖くて共用の置き場には置けないので、ベッドの足元に置いて寝た。アルミケースがごつごつして、あまりよく眠れなかった。


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95年7月下旬-8月上旬
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