前口上

 96年、まだ皆若かった。
 東芝フィルの米国公演で春に旅行しておきながら、積算マイルが2万マイルに達しなかったといって、勢いだけでハワイに行ってしまったのである。しかも、そのメンバーの大半は、今にして思えばそのマイルを使わずに失効してしまっている。ま、世の中そうしたもんだと言えないこともない。かくいう私も、そのころからのマイルを4万もためて、まだ使っていないし、ユナイテッド航空は経営が破綻して明日をも知れぬ有様..(02年12月9日現在)
 旅行は、3泊5日のユナイテッド・ヴァケーションというユナイテッド航空往復とヒルトンホテルがパックになったもので、一人だいたい12万円の費用であった。
 本編、あまり文章は長くない。日記をつけていないのと、なんといっても、ハワイは写真だけで十分きれいだからである。



第1日 96年9月21日

 ハワイ行きの航空機は夜に出発し、7時間余の飛行で朝に着くというものが一般的らしい。1930に成田空港に着いてみると、ハワイ行きはユナイテッド、ノースウェストだけで6便もあって、もちろん国内の各社も飛ばしているだろうから、1機数百名で、毎日ものすごい人数がハワイを訪れていることになる(毎日満席かどうかは知らないが)。今回、9月の連休に付けて、4泊6日にしたいところだったが、9月は安くて気候も良いというのは周知の事実らしくて、金曜夜発は早々に埋まっていた。ゆえに、1日削って3泊5日。成田に着いてしばらくは時間があるので、空港のレストランで夕食を取り、まずはこれからのことを話し合う。というのも、向こうに着いてからのことを、まるで決めていないのだ。6人のグループで、そういうパターンは珍しいのではないか。そして、事前に計画会などを開いていたものの、結局ただの飲み会と化していたので、成田で話し合ってもやはり具体的な話は何もなく、結論は「楽しみだねー」、ま、遊びに行くのだからそれでいいか。
 UA822便は2100時発を15分繰り上げて出発することになった。台風が近づいていて、それを避けるのだろうか。夜間飛行であり、風景は楽しめないが、私は偶然窓側であった。朝のハワイ上空は楽しめるかも知れない。隣はカメラ仲間のNT君。なんと、彼はZというところから成田に来る途中、銀座のLというところに寄って、カメラを入手していた。コダック・レチナIIc、レンズはシュナイダーのクセノン50mmF2.8付きである。海外旅行に出る途中に、よりによってクラシックカメラを入手とは、気合が入っているというか、無謀というか、しかしその意気には敬意を表さねばなるまい。機内に入ると、スターバックスコーヒーの香りがして、ユナイテッドに乗っているのだな、と思う(「スタバ」は当時、日本では未だ認知されていなかった)。

 さて、ここからしばらく文章は少なくなる。(拡大する写真には枠が付いています)
夜明け
 あと2時間くらいでハワイというころ。
 NT君のレチナは、この夜明けだけが撮れて、あとは写っていなかった。シャッターが故障してしまったのだ。

CLE、40mmF2 Kodak Dyna100
(しばらく同じフィルム)


夜明け2
 夜明け

 何枚も撮ったが、大したものではなかった。





パールハーバー
 パールハーバー

 今ひとつ何を撮ったかわからない作例になってしまっている。翼の上というのも、不運だった。




マーキュリーを借りる
 マーキュリーを借りる

 オアフ島の中は、これで移動する。レンタカーの交渉、初期の運転担当は米国で生活していたこともあるHN君の担当だ。後半、皆で運転を交代した(1人を除く)。




ワイキキへ
 ワイキキへ

 広くて、運転しやすい道路だ。
 オアフ島は小さい島だが、建築物はやはり米国の基準で作られている。




気持ちいいドライヴだ
 気持ちいいドライヴ

 助手席で写真を撮っていれば、なおさらだ。




 この後、郊外でワイキキ方面を眺めたあと、アラモアナセンターというショッピングモール(当時ダイエーが所有、その後売却)で食事をして、ホテルに向かった。

 まずはここで一区切り。ホテル到着から後半へ。

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96年9月下旬
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