第4日 94年1月1日

 94年になった。特に感慨はない、というより、昨夜飲み過ぎて調子が悪い。朝食は聖シュテファン寺院質素で、シリアル、ヨーグルトとコーヒー。今日に限っては、このくらいがちょうどいい。天気は雨。つまり、そんなに寒くない。今日は近場を散歩したあと、Oさんの案内で中央墓地の見学、夜は、国立歌劇場で「こうもり」である。宿は市の中心部、聖シュテファン寺院の近くなので、ウィーンが初めての観光客が散歩するには便利である。こんなところが予約出来るのも地元のOさんのおかげである。
 あいにくの雨であるが、雨量はそれほどでもなく、傘なしで歩く。来る前、寒いぞ寒いぞと警告されて新調したコートが、雨を弾いて何となく嬉しいような気分。昨夜はあまり気がつかなかったが、日本人もかなりいる。気になるのは、姿勢。皆さん猫背なのである。昨日も航空会社の支店などでカウンターで何やら(リコンファームとか?)話している人を見かけたが、どうも傾向が似ている。現地の方々が大きくて、姿勢が良いので余計目立つのかもしれない。受験戦争の弊害か、などと大げさなことは言わないが、やはり気になる。
 路地、フィガロハウス前昼食は街中のカフェテリアというのか、好きなものを選んで最後にレジで精算する形式の所。これなら、料理の名前が分からなくても、何となく好みのモノを選べる。ただし、ヴァリエーションを豊かにし過ぎると、高くつく。欧州は付加価値税が高いので(この当時、オーストリアで生活必需品?10%、その他は20%だったか)物価は日本以上に高く感じる。単に食いすぎだったのかも知れないが。ビールまで飲んで、堪能した。

 午後、Oさんの車で中央墓地に行く。ウィーンは、狭い路地を除いて、かなりのスピードで流れる。今日は祝日なので交通量も少ないのかも知れない。一方通行が多いので、道を知らないと困るとは思うが、対向車がなく左折(日本では右折)で流れが悪くならないので、覚えれば楽だという。話によると、「全ての道を一方通行にする運動」とやらもあるそうで、確かに、完璧に交通の流れを把握できれば、それも可能かもしれない。しかし、ウィーンもリンク(城壁を撤去し環状道路にしたもの)の中はけっこう入り組んでいるので、簡単には行かないようにも思う。
 中央墓地に着いた。雨は小降り。雪が残っていて、空も地面も真っ白で、モノトーンな風景である。ベートヴェン、スッペ、J・シュトラウスU、ブラームス(何やら思い悩む風のご本人の胸像がちと恐い)、J・シュトラウスT、ヨーゼフ・シュトラウス、シェーンベルク、そして、埋葬場所が記録されておらず、後年通路の真ん中に建てられたモーツァルト、など。人気(ひとけ)はまるでない。朝からずっと乳白色の空なので、時間の感覚があまりないのだが、日没で門が閉まるので、長居しているとまずい。

 市内に戻り、カフェで休憩することにする。有名なカフェ・カフェ・ツェントラール裏手通路ツェントラール、単純に読めば中央カフェ、面白くも無い命名であるが、何せウィーン初めてなので、行って見る。客はいるのに、入り口が施錠されている。なぜか。裏口に回って聞くと、団体の貸切りであった。そんなこともあるのか。他も有名どころ(ラントマンなど)は立って順番待ち(しかも、入り口で待つのではなく、客席の間で。これはちょっと..)をしているような混みようなので、有名ではないがガラ空きのところで落ち着いた。まずは、Oさんに日本からの物資を引き渡す。物資とは、海苔、お茶など現地では手に入りにくい食材、そして週刊誌。日本語の活字に飢えているので、何でもいいから持って来て、とのリクエストだったのだ。それと、昨夜手持ちの現金が足りなくて立て替えてもらったウィーン・フィルのチケットの精算。無事終了し、別れた。

 夜は、国立歌劇場でJ・シュトラウスU、喜歌劇「こうもり」を観る。今日は座席確保はせず、立ち見である。既に立見席の列が出来ていて、中央部は取れそうも無い。座席もないのに「取る」というのは、開場とともに走って、3階席の手すりにスカーフまたはマフラーを結び付け、場所を取るのである。我々は出遅れたので、舞台から見て右上方。舞台は半分くらいしか見えない。もっとも、3階席も両翼ともなると座席に座っても(実は、座るとなおさら)舞台はあまり見えず、歌い手がいろいろ移動して演技すると、奥のほうでは何をやっているか、全然分からない。劇場なので、どうしても舞台自体が箱の中に入るわけで、客席どこからでも全てが見えるというのは無理なのだ。まして、200円程度の入場料の我々は、文句をつける権利もあるまい。さて、昨晩は堂々とカメラを持ち込んだ我々であったが、今日はフォーマル?な演奏会とあって、ドアマンが許してくれない。これが本来当たり前なのであるが、徹底していて、カメラバッグはもちろん、ポシェットに至るまで鞄類全て、クロークに預けろという。そんなことをしても結局、心無い客がポケットの中に潜ませたコンパクトカメラのフラッシュを光らせてしまうのであって、今日もそうであった。残念というか歯がゆいというか、一部のために全員が迷惑する。悲しいことである。
 さて、舞台は見えないがオーケストラ・ピットがよく見える。アマチュア音楽家には1階の平土間よりこちらの方が面白い。今日は1月1日だからか、皆正装(除く、天井桟敷の立見)なのだが、楽団員は地味な服装ではあるが正装まではしていない。指揮はウルフ・シルマー氏、オペラに詳しくないので知らなかったが、なかなか堅実な演奏を心がけていると見た。ピットの中、演奏は整然としているが、楽団員はいつも整然としているわけでもなく、ヴィオラ奏者で1人、遅刻して来る人がいたし、休みの多いトロンボーン奏者などは、椅子の上で背伸びして舞台を見ている始末。わがトランペットも休みは多いのだが、よそ見はしていなくて、ただ椅子にもたれて瞑目している。出番が近づいても微動だにしない。大丈夫かと思ったら、すっと楽器を構えて長いソロを平然と吹き終えた。演奏直前にそわそわするのはアマチュアの悪いくせであって、いろいろなプロの演奏を見るに、自然に、話すように音が出るという印象がある。今日のポンベルガー氏がその最たる例で、別にボーっとしているわけでもなく、かといってどう演奏しようか思い悩むこともなく、自然に音が出る。こうありたいものだが。ポンベルガー氏の脇の2ndトランペット奏者は、若い人で、この人はわりと緊張していて、時々非常にわずかではあるが良くないところがあって、適宜、何やらポンベルガー氏からご指導を賜っていた。毎日演奏会をやりながら、こうやって一つ一つ学び、伝統が伝えられて行くのだろう。休憩に入ったので、売店に行ってみる。昨日は緊張のあまり、休憩時も自席を離れなかったのだが、今日は何せ自席というものが無い。白ワインを頼み、小数部(一説には、20部程度)しか販売されないという演奏会告知のポスターを所望したら、あっさり有るという返事。もちろん購入した。欧米でも特にドイツでは、演奏会のポスターに「終演時刻」まで記載されていると聞いていたが、果たして、このポスターにもそれがあった。19時開演、22時45分終演。そして、実際その時刻に終わるのである。書いてあるからといってそれほど役にも立たないとは思う(まさかこんな時刻に待ち合わせなどする人も居まい)が、こういうものらしいのだ。
 白ワインが効いて、後半眠いのだが、立っているので眠ることも出来ず、何とか最後まで聴き通した。3時間45分、疲れたが、演奏はよかった。



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93年12月末−94年1月初旬
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