第4日 15年1月19日(月) コールドフット滞在

 8時半にアラームをかけていたが、さらにベッドの中でもぞもぞして9時過ぎに起き上がる。特に予定はないのでアラームも必要はなかったけど、ずっと寝ていると日照時間も少ないことだし、気付いたらまだ(もう)真っ暗ということもありえなくはない。着替えて、10時ごろにカフェに向かった。
 なんとなく朝食っぽいプレートを注文する。スクランブルエッグ、ハム、ハッシュブラウン、ホワイトトーストで$10.95もかかってしまう。まあ極地手当を払っているようなものだな。今日もコーヒーはいっぱい注がれてしまう。食事が来る前にガボガボになってしまうのがいやで飲まないでいると冷めてしまうし、難しい。
 中華系の方々が隣のテーブルに来て、山へは行くのか、という。山、とはここからさらに北の山脈のところまでのドライブツアーだが、私は行かないと答える。すると昨日は行かないと言っていたのに、急に行くことにしたという。車の定員には余裕があるから貴方もどうか、と誘われたが今日も車で何時間も、というのはさすがに疲れるからやめておく。ただ、夜のワイズマンには行くつもりだ、ここは明るすぎるから、と言うと彼らもそうするとのこと。今晩、晴れると良いのだが。
 そうこうしているうちにプレートが運ばれてきた。うわっ、ハッシュブラウン、多すぎだろ。昨日のテイター・トッツといい、ポテトは安くてボリューム感があるからこうなるのかね。パンは食パンサイズが2枚分でこれも多目だ。卵はカチカチになるまで焼かれていて塩を振ってもなじまない感じがちょっと気に入らなかった。ハッシュブラウンはあまりブラウンになっていなくてもうちょっと香ばしいと良いのだが。ハムは分厚く、適度に塩味があって美味しかった。

 食べ終わり、部屋で飲もうとコーヒー牛乳のようなスターバックスのドリンクを買う。それをカバンのドリンクホルダーに挿して、しばらく外を散歩する。今日は比較的寒く、-18℃くらいである。カフェまでの短い距離のつもりで軽装だったのだが、寒さは全く感じず快適で、防寒着と耐寒靴の性能は大変良いようだ。防寒着の下は下着とフリースだけ。靴下も2枚履いて窮屈な感じになるよりは1枚の方が良い感じで、気温が暖かかった(?)昨日よりむしろ暖かく感じる。
 歩きながら雪景色の写真を撮っている。ホワイトバランスがなかなか難しい。雪景色の色温度が高くてオートだと青過ぎる。曇天や日陰用の設定でもまだ青く、カスタムでなるべく白くしようとすると今度は少し黄色〜茶色がかったような感じになってカメラの小さな画面を見ながら調整を試みるが諦めた。帰国して家のPCで調整するほうが良いだろう。









 40分ほど歩いて部屋に戻る。日記を電子化しておこうと思うがiPadはフェアバンクスの旅行会社の事務所に預けてしまったからiPhoneしかない。小さな文字入力をしていたら目が疲れて、2時間ほど寝てしまった。

 起きだして、午後の散歩に出る。今度は下に重ね着をしてから防寒着を着た。首には100円ショップで買ったネックウォーマも巻いてみたが、ちょっと窮屈な感じがあって今一つ。それと気づいたのだが、外に出てこうしたネックウォーマの位置を直したり、といった調整は手間だということ。手袋を脱いで防寒着の首のところを開けて中を調整すると当然寒いし、防寒着のチャックなど、手袋では操作しにくい。部屋で十分考えてから出るべきだな。
 午後も気温は-18℃で変わらず。1時間ほど歩いた。写真を撮るために手袋のミトン状のカバーを外すとこれまた冷気がしみ込んで来るので、手が一番やっかいだった。いっぽうカメラは、一度レンズとの通信(接触)がおかしくなったのか、「レンズ状態を確認して下さい」という表示が出たものの、あとはいたって快調だった。
 景色はそんなにすごい、ということはない。基本的に成り立ちは休憩の拠点なのであって観光地ではない。写真を撮るとどうしても道路や轍の一部が構図に入るし、木々に霧氷がつくほど寒くない。ダルトン・ハイウェイやキャンプへの脇道から森林に入っていくのは自殺行為だろうし、結局道路の端を歩いているだけだった。









 宿に戻ると、山のツアーに行った中華系の方々が戻っていた。山のことは語っておられず、ひょっとして大したことなかったのかと思ってこっちも黙っていた。夜はワイズマンに行くことに決定。行き帰りの車と現地でのロッジ(オーロラ待ちをするための)、お茶やコーヒーなどのホットベバレッジがセットになって$79という価格だ。ま、自分でここまで運転して来ることを考えれば、この追加料金はやむを得ないところだ。そもそも、レンタカーを借りてもダルトン・ハイウェイは保険の対象外で乗れないという話も聞いたことがあり、一般人が自力で来るには難しいところなのである。
 カフェで料金を払い、部屋に戻ってカバンに挿していたドリンクのことを思い出して飲んだら冷たくて美味しかった。部屋で日記を書きながら時々外を見ると、星が見えた。今晩の天気は期待できるだろうか。

 先にシャワーを浴びてゆっくりしてから夕食に行くことにした。カフェに向かいながら、空を見上げる。曇り。風があるので雲が流れて晴れ間が見えると良いのだが。気温は昼間と同じく-18℃、風があるので体感はもう少し寒い。
 昨日と選択を変えて今日はフィッシュバーガーにする。付け合せは同じくテイター・トッツ。魚はCodと言っていた。英語での食材名になじみがないのであるが、iPadの鉄道ゲームでCodを取る拠点があったなあ、と意味もなく思い出す。魚は美味しかった。タルタルソースのレモン風味がきつくていまいち。でもたぶん酸味がないとギトギトでもたれるんだろうな、と思いつつ食べた。テイター・トッツはやはり残して終了。
 食べていると、隣のテーブルに中華系4人組が来た。今夜はちょっと天気悪そうですねえ、といった話をする。風に期待するしかない、とか。

 部屋に戻って日記の整理をしているが落ち着かない。今夜のワイズマン行きは、カフェの人曰く22時半発、であるが旅行会社のパンフレットには22時とある。まあ、こんな建物が2つしかないところで待ち合わせの心配をする必要はないのだろうが、同じく気になっていたのか、中華系の方々も22時前にロビーに集合していた。やあ、気が合いますネ。
 出かける準備をしてしまったので部屋に戻るのも億劫で、ロビーで待つことにする。空を見上げるが、雲が流れているようには見えなかった。いやな感じである。昨日今日と、こんなに夜空を見たのは生まれてこの方なかった。経験も知識もないし天気図もない状況ではどうなるとも判断はできない。じりじりと30分間を過ごした。

 カフェの人の予告通り22時半に迎えが来た。ワイズマンはここから北に16マイルほど行ったところにある集落で、今は寂れており、従って余計な光がなくオーロラ観測に向いているという。10人乗りのワゴン車はダルトン・ハイウェイを猛スピードで走る。60mphって、雪道を走る速度じゃないよね。ワイズマンへはハイウェイから左に曲がり、谷の下の方向へどんどん降りていく。この脇道は新雪が積もっており、車は下りのカーブをドリフトしながら曲がって行くのだった。運転手は慣れているのだろうけど、お尻が流れる感覚はやはり怖い。
 道を下りしばらくすると目的地に着いた。ロッジがあり、そこが休憩(待機)所となる。運転手氏がお湯のポットとコーヒーやココア、紅茶などのセットを準備して、これは自由に飲んで、と言う。ロッジには管理人のような人がいて、ワイズマンについての話などを聞かせてくれる。ロッジには電気が通っておらず電池から電源を取ったLEDランプがあるのみ。暖房は薪ストーブだ。外にもそれがあってなんでまたそんなのが、と思ったが、運転手氏はそこに寝転がって空を見ていた。ストーブのほのかな暖かさが気持ち良いらしい。しかし残念ながら空には星は見えず。












 ロッジに戻ってコーヒーなどを飲んでぼんやりする。オーロラの写真集がたくさん置いてあり、見事なのだがいまの空模様を思うとどうも素直に楽しめず、そっともとの場所に戻した。このロッジにはあと2つ電気製品があり、一つは電池式の無線装置、もう一つはデジタル温度計で、外にある温度センサーから室内にある表示機に一定時間おきに無線で情報を送っている由。そこだけ、変にハイテクだった。表示は珍しく摂氏である。
 その温度計の表示がだんだん上がってくる。コールドフットを出るとき-18℃だったのが午前0時を回った今-14℃であって、ロッジの管理人曰く、温度が上がる場合は雲が増える方向にある、という。嫌な予感である。
 無駄話のネタもなくなりつつあったので、近くにあるワイズマンの歴史を展示する建物に行く。アラスカ先住民の生活の様子や、昔の橇、防寒服(もちろん毛皮である)、動物の角や頭骸骨などが展示されている..が、全く気乗りがせず、説明も上の空であった。そこからロッジに戻ってからはもはや空を見に行く気力も失せて、ロッジ内でココアをすするのみとなった。












 結局、26時まで粘って、今晩は晴れないという結論となって戻ることになった。帰りの車は行きよりもっと速くなり、一時は70mphにも達した。

 コールドフットに戻る。空は依然、雲に覆われているようだ。今日は終わりとしよう。


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15年1月中旬−下旬
アラスカ旅行

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