第5日 15年1月20日(火) コールドフット→フェアバンクス

 嫌な予感がして起きた。時刻は9:35だ。パンフレットに「最も早い場合は10時出発」とあったのでそれが記憶に残っていたのだろう。簡単に支度をして、カフェに向かう。気温は10F、-12.2℃だから昨夜からまた上がっている。カフェの人に聞いてみると、チェックアウトは午後1時だという。チェックアウトの時にカフェに来るべきかと聞くと、そのまま宿泊棟に居て、とのこと。嫌な予感は杞憂に終わった。
 それでは朝食にするか、ということで席に座ってパンケーキを注文する。1枚と2枚(スタック)があるが当然1枚である。コーヒーはカップ半分にしてくれと言ってみたが、7分目くらいまで注がれていた。アメリカ人の目分量は多い側に振れる、のかな。パンケーキは薄いが大きな皿にいっぱいで予想通りたいへんな量であった。これをスタックする人がいるのか。香ばしくて悪くはないのだが、やはり途中で飽きてしまう。コーヒーで流し込むようにして食べて、それでも半分まで届かないところで諦めた。コーヒーは砂糖なしで3分の1くらいの量を自分でリフィルする。それを繰り返しのんびり過ごしていた。午後の移動は9人乗りの小型飛行機だから、揺れて気分が悪くなるかもしれない。昼食は抜きにしよう。そういうわけで、コールドフット・カフェの食事はこれで最後ということになった。アメリカンな食事、楽しかった。

 部屋に戻って荷物整理をするが、もともと重量制限のために絶対量が少ないうえ、土産物も買っていないから、すぐに終わってしまった。万一寝入ってしまったら、ということで12:10にアラームをかけておくがぼんやりして過ごすわりには眠くならず、そのまま13時になった。迎えは、来ない。時間聞き違えたか?しかし「ワン・ピーエム」というシンプルな言葉を聞き違える可能性はあまりない。まあ飛行機は我々だけが乗るようだし、ここに全員居れば時刻を分単位で気にすることもなかろうと達観していたら、ほんとに分単位どころか14時近くに迎えが来た。荷物をまとめて、ワゴン車に乗り込む。

 コールドフット飛行場は、ダルトン・ハイウェイを横切って州警察(ステート・トゥルーパーズ)の建物を過ぎた右側にあった。周囲と何にも区切られていないだだっ広い平地があるだけだ。雪に覆われているので、どこが滑走路か判然としない。車を降りて、飛行機が到着するのを待つ。少し風があり、広くて遮蔽物のまるでないところに突っ立っていると、-12℃くらいなのだが体感温度は寒い。









 14:20ごろ、飛行機が来た。3人の乗客がいたが、みな大きい人で飛行機からなかなか降りて来ない。狭すぎてささっと出られないようだ。飛行機は9人乗りで、左右1つずつの座席が4列、一番後ろは出入口でそこだけ座席は右側のみとなっている。荷物はその最後列の後方と、翼のエンジン部分にあるカバーの中にも入れる。三脚は細長いから、そのエンジンのところに入れられた。座席が極端に狭いことから、カメラバッグも座席後方にまとめてくれとのことで、仕方ないからNokton25mmだけを残し、他のカメラ、レンズはポケットに入れて座ることにした。なんとなくの順番で、一番後ろに座る。日本で旅行記などをwebで見ていたら、この飛行機は体重を加味して、操縦士から座る位置を指定されることがあるらしい。私も旅行会社には体重を申告しているが、結局このときは何も言われず、皆、成行きで座った。小さな飛行機だから防音が良くないということか、全員が聴覚検査用のような大きなヘッドセットを頭に着ける。室内が狭く、ヘッドセットが天井につっかえる。すると天井からエンジンの振動音が伝わってきて防音の用をなさないのがなんだか可笑しい。178cmの自分でもそうなのに、もっと大きな米国人はたいへんだろう。先ほど、3人降りてくるのに時間がかかったのを思い出す。
 なめらかに離陸した。大きな鉄のパイプを組み合わせた道具で雪を均していたがその効果は十分にあるようだ。強い風もないようで、小さな飛行機の割に揺れはなく快適だ。実は、今回旅行では何十年ぶりに、酔い止めを持参している。私は幼少時は車に酔う質で、昔は酔い止めをよく飲んでいたのだが、十代半ば以降は使わなくなっていた。それが、10年前のドバイのデザートサファリ(4WD車で砂漠の中を走り回る。むろん自分で運転するわけではない)と、ペルーのナスカ地上絵遊覧飛行では酔いすぎて手足が冷たくなってしびれるという状況にまでなった。となれば今回のこの飛行機もちょっと危ないだろう、というわけだ。しかし、どうやらそれも杞憂になりそうである。飛行は順調だ。

 景色は雄大で、高度が低めのプロペラ機ということもあって楽しめた。南に向かって飛んでいるのだが、右前方に本来ならマッキンリーが見えるはずだ。しかしその方角は雲に覆われていて山の形は分からなかった。フェアバンクス上空近くになると、徐々に晴れてきて郊外のロッジの様子もよく見えた。このまま晴れて欲しいものだ。

































 14:36に離陸して15:42に着陸したから飛行時間はほぼ1時間だった。着陸も滑らかで、たいへん結構な乗り心地であった..狭さを除けば。ちょうど着陸時に日没で、滑走路からツアー会社事務所に曲がるとき、地平線に太陽がギラリと見えた。
 飛行機を降りて荷物を受け取り、事務所に預けた荷物を返してもらって、ツアーは解散となる。中華系の方々は前のホテルに戻る由。これからは毎晩、郊外へのオーロラツアーに参加していくらしい。私は、市内から車で45分くらいのノーザン・スカイ・ロッジというところに3連泊する。そのロッジは朝食は出るが夕食は基本的に自炊。曜日によっては作ってくれることもあるらしいが今回は申し込んでいない。郊外のロッジだから周囲に観光地があるわけでもなく、おの周辺を歩く以外には何もしないから、当然昼食も必要で、そのためにこれから3泊分の食糧を買い込む必要がある。それで、ツアー会社の人に例のフレッド・マイヤーに送ってもらい、買い物が済む頃にロッジの人に迎えに来てもらうという算段になっている。ロッジの人との待ち合わせは17時、巨大なフレッド・マイヤーで待ち合わせなんて出来るのかと思っていたら、スターバックスがあって分かりやすい入口が待ち合わせ場所に選ばれていた。ここなら大丈夫だろう。
 さて食材であるが、初日の今晩の食事は、惣菜コーナーとサラダバーのポンドあたりいくら、をパックに詰めるつもりだ。それ以外は、もう割り切ってインスタントラーメンやレンジで温めるピラフの類。キッチン使用は$5かかるのでそれも避けるなら、ということでカップラーメンも買い込んだ。その他、おやつにRay'sのばかでかいポテトチップと、オレオの日本では見かけない味のもの、リッツクラッカー。なんだかんだで大量になった。
 時間が余ってしまったが店も駐車場も広大なので、あまり歩き回るのは良くないだろうと思い、スタバ前の入口付近でずっと待っていた。すると、時間通りロッジのPさんが現れた。カートを押して車のところに向かう。滑り止めの砂礫が撒いてあってカートは押しにくかった。この凸凹が、自動車ではスパイク代わりになるわけだ。

 荷物を積み込んで出発する。車はフォードのSUVで、巨大だ。ロッジまでは45分ほどかかる。Pさんの運転は穏やかである。タクシーやコールドフットのツアーの車のことを話すと、それはあまりに危険だとのこと。せいぜい出しても時速45マイルでしょう、と。しばし雪道の話になる。フェアバンクスの道路はきれいに除雪されいて平らだし、完全に氷だから安定して走ることが出来るようだ。アンカレジのほうがかえって危ないという。雪が湿って重いのと、除雪があまり十分でないという。なるほど、それは程度の違いはあるにしろ日本でもありうる話だ。私が日本でも比較的雪のあるところに4年半住んでいたこと、住んでいたところが除雪が完全でなく、車についた雪がボール状になって道路に落ち、スリップの原因になるのだ、といった話をした。そんな話をしていたら、郊外への道を自転車が走っていた。目を疑った。Pさんによると、雪道でも走れるようなタイヤになっているという。確かに、妙に太いなとは思ったが。日本では郵便や新聞配達の人が雪道用にチェーンを装着して走っています、と説明する。
 郊外に出ると、すぐに町の明かりはなくなり、家はまばらになった。仮にレンタカーを借りたとしても、こう目印がない景色では目的地を探すのが大変だ。

 ロッジに着いた。大きな道路から左折すると、新雪が残る細い道になる。山林を買ってその中にロッジを建てているようだ。暗いのでどのくらい広いのかは分からない。
 一通り説明を聞く。食堂、キッチンの場所、冷蔵庫、湯沸かし器などのこと、ロッジの入口は施錠していないので常時出入りできること、など。そして、部屋に案内される。3号室で、大きなベッドが一つある1階の部屋。西と北に窓があり、外の様子を部屋から見えるとのことだが、夜空を見るには部屋の明かりを全部消して回らねばならず、そこまではしないだろうな。部屋の照明はスタンドの類のみで全体が明るくはならないのと、暖房が小さなオイルヒータ1台で、気温はだいたい15℃くらい。外に比べれば+30℃だが、部屋にずっといると何となく寒い感じがする。ま、少し重ね着しておいて、いざオーロラ観測となれば防寒着を1枚着る、でも良いか。
 とりあえずは夕食にしよう。飛行機の前の昼食を抜いているので、お腹が減った。フレッド・マイヤーの惣菜は美味しかった。サラダもかつがつ食べた。
 シャワーを浴びて、三脚などを準備し、夜中に備える。そして少し眠る。












 22時頃に外を見ると、曇っているようだった。天気予報を見ようかとネットにつなぐと、明日水曜は晴れ、その後は下り坂で木曜 曇り、金曜 雪という予報だ。うわあ、3連泊でこれか。
 部屋にいても退屈なので、ロビーというか喫茶コーナーというかリビングというか、よくわからないけどそういう空間のところに行く。同宿の人はなんと全員日本人だった。そういえばここまで5日間、日本語をしゃべらなかったのだった。同宿の人は私以外に3人で、Aさんは一人で来ていて、アラスカは10回以上というからすごい。もう二人のBさんCさんは苗字は違うが一緒に暮らしているようだった。BさんCさんはライターと写真家だそうで、webや雑誌に寄稿している由、アラスカは4回目で、レンタカーを借りているという。この滞在は取材ではなく、休暇。
 アラスカ初心者の私はみなさんの話を興味深く聞いた。オーロラが見える確率はわりと高めのようで、これから3夜のうち、見えるかどうか楽しみだ。

 夜中を回り、1時半ごろ、晴れてきたので外に出る。西の方角を見ると空が薄く光っているようにも見える。試しに1枚撮ると、緑色の光が現れた。オーロラだ。このオーロラはあまり強くならず、しばらくするとコントラストがなくなって来たので一旦戻ることにする。




 またしばらく話し込んで、時折外を見に行くが、オーロラは出てこない。4時ごろ、今日はもうダメかもね、ということでじゃあ記念に三脚に据えたカメラと自分をiPhoneで撮っておくか、と外に出る。三脚は先ほど撮った時から置きっぱなしにしているのだ。何枚か撮るものの、なにせ真っ暗な中であって液晶表示も真っ暗、構図もへったくれもないから何枚も失敗した。
 と、そんなことをしていると、どうやらまた出始めたような感じがする。皆を呼びに戻る。しばらくすると天頂を横切るような帯が出来て、いろいろな帯が動くさまが見えた。こうも広いと、魚眼レンズでも対角180度では収まりきらない。全周魚眼はマイクロフォーサーズでは出ていないが、いまここでそれを言っても仕方ない。とにかく撮る。12mm(対角84度)くらいが標準、それより長い焦点距離ではごく一部を切り取る望遠みたいなイメージだ。なるほどオーロラの撮影の感覚は普段の写真とは別世界であるな。
























 気温は-25℃くらいまで下がった。手足が冷たく、特に手が厳しかった。カメラは快調で、バッテリーグリップを付けたE-M1は電池を横から出し入れできるので便利だった。対するE-M5はカメラ底部から出さねばならないから三脚固定用のシューをねじを回して外すという手間がかかるから、早々に諦めてE-M1のみで撮ることに切り替えた。これも撮影手法として勉強になった。
 5時半ごろ、オーロラのコントラストがなくなり、こちらも最後の予備電池を使いきったので、撤収した。フェアバンクス到着でいきなりこういうオーロラに出会えるとは幸運だった。一部の写真無線でiPadに飛ばしておき、何枚かFacebookにアップして6時過ぎに就寝。良い夜だった。


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15年1月中旬−下旬
アラスカ旅行

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