99年9月中旬−9月下旬
第2次欧州旅行
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第1日 99年9月16日

 会社に、10年勤続休暇というものがある。独り者の場合、これは同期入社の者と行くのが手っ取り早い。今回はオーケストラ仲間のSと一緒に、北欧・東欧という旅行を計画した。北欧(ノルウェイ)は風景が良さそうという理由、東欧(チェコ)はドヴォルザーク好きということからの選択である。
 前回の欧州旅行では成田エクスプレスに乗り遅れるという波乱含みの旅行開始であったが、さすがに早起きして東京駅には08:34着、約束の時間にはまだ17分の余裕があった。少し遅れてSが来た。成田エクスプレスの車内は混んでいて立席特急券の乗客も少しいる。この列車は大船始発なので横浜方面からの客を一手に引き受けているということだろうか。向かいにはインド人とおぼしき人物が座り、自信ありげに新聞をめくっている。こちらは朝ということもあり言葉も少なく久々の千葉の景色にもそれほど興味はなく、いつしか、成田第2ターミナルに着いていた。

 航空会社はスカンジナビア航空(略称SAS、航空便名ではSK)である。提携の関係か、チェックインは全日空が代行している。9月といえど案外客はいるようで、長い列に並んでいたら空いているビジネスクラスの窓口で受け付けてくれた。ここでSASの時刻表を入手する。かなり分厚く、ユナイテッドなど提携が幅広いので世界中に旅することが出来るようだ。今日はコペンハーゲンで乗り換え、ベルゲンまで行くのだが、忙しそうにしている窓口の方が、都合で乗り継ぎ便のチェックインがここで出来ないから現地でやり直してくれ、という。よくわからないが仕方がない。コペンハーゲンで時間は十分にあるので、問題はない。次に両替。かなり混んでいる。不慣れな人も多いようだが、なんと言っても紙に書いて両替するのが面倒である。前にいた高校生らしき青年は15万円もドルを買っていたが、その倍近い年齢の私は現金を5万円しか持っていない。あとはクレジットカードで何とかするのだ。その青年、ついでに8千円お願いしますと所持金全部を差し出していたが、既に先の15万円はドルになっていて、8千円分はまた用紙を追加して書かねばならず、ずいぶん時間がかかる。見かねて私の分を先に両替してくれたスカンジナヴィア航空 SK984 旧塗装。12000円をノルウェイ・クローネ(NOK)にすると、700NOKと1000円以上釣りが来た。計算違いをしたらしい。これでは他人のことは言えまい。レートは1NOKが15.02円、ガイドブックの記述に比べると円高のようである。

 両替やSの出入国カード記入忘れ、免税店巡りでいつのまにか時間が経っておりゲート集合1130に4分ほど遅刻。慌てて行ったら「O様、S様でいらっしゃいますか」と言われたので遅刻が甚だしくて怒られているのかと思ったら、乗り継ぎ便の搭乗券がゲートに届けられていた。もちろん、行ってすぐに我々と判別されたのだから、他の皆が搭乗し終わっていたことも確かである。
 SK984便コペンハーゲン行きはボーイングB767-300を使っている。というより、SASが持っている最大の航空機がこれらしい(02年からAirbus A340が就航)。機内の半分がビジネスクラスに割り振られており、定員は188名と少ない。エコノミークラスは2-3-2の7列で、所謂ジャンボジェットに比べれば座りやすい座席配置と言える。我々は37番F・G列で、2列になった右側の最後部である。前方SK984の機内視界が開けていて開放感があり、後席の客への気遣いも無用、困ったときはすぐ後ろにキャビンアテンダントが控えている、とこれは便利な席だ。フィンツアーでそのような手配をしてくれたということだ。まず行きは私が窓側に座る。座席のピッチ、リクライニング角度共に思いのほか良い座席であった。TVモニターは後部客室で2つ、この点では6年前既に全席液晶モニタを装備していたヴァージン・アトランティックにはかなわない。
 時刻通り離陸、すぐに雲の上に。新潟から日本海を縦断して南シベリアを経由して行くようだが、ずっと雲の上である。これから長い昼を雲海の上というのは少しつまらない。飲み物でしばらく過ごす。機内食は豚肉料理で、良好な味。量シベリア上空、沼沢地の連続も適切であった。サーモンサラダがこれからの旅行の興味を掻き立ててくれる。ワインは白・赤ともに試してみたがいずれも良いもののようであった。オーストラリアのワインだったが、甘味が抑えられていて楽しめた。ロシア中部で少し晴れ間が見える。川と沼沢地が延々と続いている。人跡まったくなし。6年前は写真を全く撮らず帰ってから後悔したので、今回は撮った。何か建物があり火の手が上がっているので驚いたが、これは油田であった。こんな建物があるだけでも嬉しくなってくる。しかし、ウラル山脈あたりから大地はまた雲に覆われてしまった。この飛行機、機体が小さいので気流の影響を受けて小刻みにゆれるが、定員が少ないので機内は比較的静かなように思える。デンマーク人か、映画にバカうけして大笑いしている人がいたが、ほかはいたって静かであった。サンクトペテルブルクの少し南を通って、バルト海に入る。スウェーデンからデンマークにかけて、晴れてはいるが靄っていて風景のコントラストはあまり良くない。しかし初めての風景はいつも楽しいものである。

 南から一気に旋回してコペンハーゲン空港に降り立った。飛行機から降りるとき機首にAase Vikingとあるのに気付いた。愛称らしい。後に聞くと、SASの航空機は「○○ Viking」と必ず書いてあるそうで、機それぞれに愛称があるらしい。この飛行機のAaseはオーセで、イプセンの戯曲、ペール・ギュントの母親である。さて、我々はこの先、ペールほどの活躍をすることがあるだろうか。コペンハーゲン国際空港
 コペンハーゲン・カストロップ国際空港は巨大ではないがきれいな空港である。木目調の床が落ち着いた雰囲気を醸し出す。空港を歩いている人はデンマーク人が多いと思われるが、出発前に読んだ北欧関係の本によるとデンマーク人は丸顔で快活らしく、そう言われるとそんな気もする。ゲルマン系北欧3ヶ国では最も食が充実しているとあって、丸顔どころかかなりお腹の出ている人が多い。そして携帯電話でずいぶんと楽しそうに話をしている。ストラップは使わずベルトにケースを付けている。そもそもかなり大型で、ポケットに入れるよりあのやり方が便利なのだろう。建物の中では職員が足で地面を蹴って進む二輪車を使っている。スペースをとらず、走って行くよりスマートである。荷物や身障者を運ぶのは電気のカート。かなりスピードを出している。チリンチリンと、自転車のベルのような音で通行人に注意を促す。
 さて、我々は次の飛行機のチェックインは必要ないしマイレージ登録もしたし、これから3時間というものやることがない。とりあえずビールとする。デンマーCPH、子供用スペースク・クローネ(DKK)は持っていないので恐る恐る100NOK札を出したら、×0.88して両替し、DKKでお釣りが来た。なるほど、手馴れたものである。何も目的がなくただビールというのも普段では考えられないことだが、現地の人も陽の高いうちから飲んでいるし、良いことにする。飲酒ついでに、ノルウェイ国内では酒が高いので、ここで免税ショッピングをしておく。シーバス・リーガルとスミルノフの40度のやつを買い、つまみはサーモンの缶詰、そして水。

 ベルゲン行きSK864便は20分遅れて1945に飛び立った。機材はMD-87、マクドネル・ダグラス社得意のリア・エンジンは、後方22Dの私の席ではかなり騒々しい。ぐんぐん昇ってまだ水平にならないうちにベルトのサインが消えた。この便は最終目的地がオーレスンであるが、途中ベルゲンに寄ってからオーレスンまで行くらしい。座席は2-3の5列、待合室にはあまり居なかったがいつのまにか混み合っている。すぐに食事が出る。機内の客はほぼ全員がノルウェイ人らしく、アテンダントが「ヴァル・ソー・グー」(英語直訳でBe so goodになる。「どうぞ」の意)というのが聞こえる。実は、出かける前にノルウェイ語の本を買って簡単な会話を習得していたのだが、これは早速、役に立ちそうだ。ヴァル・ソー・グーと来れば「タック」、もうちょっと謝意を表して「トゥーセン・タック」(直訳:千の感謝)で行こう、と思って口の中でもごもご言っていたら、我々には「ヒヤ・ユー・アー」と英語に切り替えられてしまった。せっかく練習(?)したのに、残念である。食事はハムとエビのオープンサンドイッチで、特にエビは良かった。外は既に夜で、窓側でもないので風景はまったく見えなかった。ベルゲン付近は島が多くあって昼に飛べば美しいだろうと思う。
 ベルゲンに降りて、入国審査。全く何も質問されず、判を押すだけである。ノルウェイ人に至ってはベルゲン・フレスラント国際空港、パスポートの表紙を見せるだけで出て行く。ちょっと外出してきた、という感覚である。日本も帰国の時は簡単だが、一応日時は押さえてあるのだからやはり違う。
 空港は小さい。小ぢんまりした吹き抜けのロビーの真ん中に売店があり、1Fが航空会社窓口・銀行・インフォメーション、2Fが出発・到着と売店、3Fにレストラン・バーという構成である。到着が遅かったので、特に売店に寄ることもなく市内へと向かうことにした。空港バスは出口のすぐ外から出発する。これは便利である。料金は45NOKで、乗る前に運転手に直接払う形式だが、Sにお釣りを払ったら小銭がなくなったらしく、私が100NOK札を出すと、うーん、釣りがないから、いいや。乗ってくれ、と言われた。お言葉に甘えて無賃乗車である。その後少し客が増えたので、恐らく釣り銭はできたと思うが、結局何も言われなかった。荷物を積んで乗り込んで、出発。夜間であり暗く外の様子はよく分からない。町並みというよりぽつぽつと住居・オフィスなどが点在しているようである。市内へと近くなると町が形成されてきた。車内は数人で、ガラ空き。一人、携帯電話で息が詰まりそうになりながら笑うノルウェイ人がいた。この人、何がそんなに楽しいのかと思うが、笑うことに関してはこの後何度も同じような人・集団を見かけた。ここではそういうものなのだろう。

 ベルゲン・バスステーションで降車、歩いて3分くらいのところににベルゲン駅があり、その脇に我々がベルゲン駅泊まるグランド・ホテル・テルミヌスがあった。1928年創業の古いホテルであり、建物外観は多少くたびれているが内装は重厚で、所々に近代化の改装を施してあるようだ。部屋は大きい一室のツイン。天井が高く気持ちのよい部屋。バス・トイレに換気扇がないのが古いところだが、まぁ我慢。ベッドが細長いのは北欧らしい特徴で、これは今後すべての滞在地で経験することになる。荷物を置いて、翌日のソグネフィヨルド観光の時刻を決めるため駅に行ってみた。ちょうど2300発オスロ行き606列車が入線していた。明日の観光とは関係ないが、列車を検分してみる。臙脂色の大きな車両が十数両連結されており、編成は長いが人影は少ない。車両はほとんどがSovevogn、つまり寝台車で外観も内装も新旧いろいろである。寝台は個室で、室内は広いが、旧型客車はずいぶんと窓が小さい。北極圏を越えることもあるのだから、暖房効率を重視した結果かと思われる。駅構内を何枚か撮影し、明日の列車も決めてホテルに戻った。ベルゲン時間で24時に就寝。ほぼ徹夜したのと同じことになる。さすがに眠かった。


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