99年9月中旬−9月下旬
第2次欧州旅行


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●第5日 99年9月20日(月) オーレスン→ヘッレシルト→ガイランゲル→オーレスン

 07:00起床。今日もよく眠った。Sに電話し07:45朝食とする。ここのホテルはいままでの食事と違い、サラダにバリエーションがあって嬉しい。ただ、味付けには少し癖があった。ニシンと見られる魚の燻製が美味しい。ホットチョコレートまであり、食欲がなくてもエネルギー補給はできた。
 食後バスターミナルまで散歩。キオスクもあり、便利。ホテルからバスターミナルへ、直線距離は近いのだが、交通量が多く道路をかなり迂回して渡らなければならないのが難点。
 戻ってすぐ、出発する。バスは薄緑色のきれいな車体で、フェリー会社の運営によるものであった。早速後部に席を確保する。窓は清掃されていてきれいだが、スモークガラスで、天候もあまりよくなくシャッター速度が稼げない。窓の上から黄色いリボンがぶら下がっているが、これは停車意思表示のスイッチらしく、邪魔なので申し訳ないが窓の上のほうに巻き込んでしまった。08:50、定刻に発車。しばらくオーレスン郊外を走るバスからの風景。ベルゲンにしてもここにしても、フィヨルド地形のため、町が細長いのが特徴だ。車窓風景は穏やかで美しい。途中、総合病院とおぼしき建物から乗客が増え始める。それぞれ、別のバス停から乗ってくる人、待っている人たちで挨拶しあっているところを見ると、ずいぶんと広範囲に知り合いがいるらしい。マゲルホルムからシッキルヴェンまではバスがそのままフェリーに乗る。ドアは開かずフェリーの中で降車は出来ず、風景は船の壁に遮られ山の上半分が見えるだけで、あまり面白くない。フェリーは20分程度で短いのだが、外の様子がわからないので何だかずいぶん長いように思われた。フェリー乗船の検札などはなくそのまま走り去って、いったん登りまた降りるとストランダの町に着いた。ここから日本人夫婦(と後に判明)が一組乗ってきた。こんなところから乗ってくるとはどんなヘッレシルトまであと少し旅程なのだろうか。
 ここから元の道に戻ってヘッレシルトへ向かう。長いトンネルをいくつか抜けて、ヘッレシルトの直前、峠のところで一時停車し休憩。観光用の停車である。というのも、運転手があらかじめ我々のところに停まるかどうか聞きに来たのである。降りたのは日本人4人と、1名の観光客、そしてタバコを吸いたかった運転手。地元の人は降りなかった。迷惑だろうがまぁ許してもらうしかない。景観は良いが惜しいことに逆光かつモヤがかかり、コントラストは悪かった。そこからどんどん坂を下り、一気にヘッレシルトの町に滑り込んだ。親切な運転手に挨拶して、バスを降りる。

 このフェリーでもチケットの改札はなく、何となく乗船してしまった。全体に、あまりチェックということをしない。日本人観光客はたいてい通しの切符を持っているから不正乗車の確率が低いということもあるだろう。天候は晴れだが、風が強く、冷たい。氷河から吹き降ろしているわけではあるまいが、勝手にそう思って寒がっていた。ここからガイランゲルまでは70分の行程でソグネフィヨルドの2時間に比べれば短く、多少寒くても耐えられそうだ。先ほど乗ってきた日本人夫婦と話をする。なんでも、全く予定を決めずに動いているらしい。オスロからオンダルスネスまで夜行列車できて、リンゲまでのバスが運休で、どういうルートか聞いてもさっぱり分からないが、とにかくストランダまで来たという。旅慣れているんですね、ノルウェイは何度目ですか、と聞いたら、なんと、初めてとのことだった。夫婦そろってたいへん勇気のある方々である。感心しきり。
 ガイランゲルフィヨルドは話に聞くとおり、狭い谷間を航行するので楽しい。ここにきて晴れたのだが少しもやがかかっていて、かつ強風、そして、狭い谷には光が均一にあたらず、なかなか風景写真としてまとまりの良いものは撮れなかった。船中、5ヶ国語で解説が流れる。ノルウェイ語、英語、仏語、独語、そして日本語である。切り立った崖に時々家が建っているが、61年を最後に住人はいなくなったとのことで、今は観光用にボランティアの人たちが整備しているのだそうだ。昔は収税吏が苦労したらしい。収税するだけで赤字になりそうである。
ヘッレシルト 61年に最後の住民が去りました(解説テープによる) ガイランゲルフィヨルド 滝に虹がかかる

 70分の航海(フィヨルドは、海だ。川ではない)はあっという間に終わってしまい、ガイランゲルに到着。観光シーズンは終わっているので、がらんとしている。観光案内所は既に閉鎖され、"See you next year !"と書かれていた。これから来年初夏まで、長い休みになるのだ。とはいえ売店などは営業していて、フィヨルドの地図など買ったらけっこうなお値段で、現金がなくなってしまった。
 昼食は、日本で旅行代理店から薦められたユニオン・ホテルで摂ることにした。ガイランゲルは平地がほとんどないので、このホテルに行くにも、ずっと坂道を登らなければならなガイランゲルい。なんと、今日も登りか。船の上では強風に震えていたのに、今は汗だくである。およそ15分ほど歩いて、ホテルにたどり着いた。きれいなホテルだった。客はほとんどいないので、窓際の良い席に陣取り、料理の内容として分かりやすいエビとサーモンのオープンサンドイッチ、ビール、食後にコーヒーという無難路線。エビについたほんのり塩味が、運動後に心地よかった。時間はあるので、ゆっくりと食べることが出来た。
 食後、バス停を探して坂をまた登る。しかし見つからず、また港へと戻る。港から国道に出たところに発見、簡単な待合所もあるが発車は2時間後の16:10である。深い谷間ゆえ14時過ぎというに陽は既に当たらず、風は冷たかった。売店を冷やかしたり、港を歩いたりしてヒマをつぶした。次回来るならレンタカーを借りるべきかも知れない。
 それでも16:10にはなり、マイクロバスが来た、なんと、さっきのユニオン・ホテルが始発だという。バス停探しも時間つぶしのうちなので、まぁいいのだが、少々間抜けではあった。それにしても小さいバスで、夏はどうやって客をさばいているのか心配だ。いまは、まるで客ガイランゲル−アイズダール間にてが居ないので、席には余裕があった。このバス、通る地域の郵便車、新聞配達も兼ねているらしく、住宅やホテルがあると、乗客がいなくても停まり、ポストに郵便物などを入れていく。なるほど、これは良い手だ。どのみち急ぐ人もおらず、問題はない。ガイランゲルを出てすぐ、つづら折の道を登ったところで1回、ピクチャーストップがあり、5分間だけ外で写真を撮る。完全逆光で、あまり良い結果ではなかったが、さきほど航行してきたフィヨルドの水面が神々しく輝いていた。この峠を登りきると、あとはアイズダールに向けて緩やかな下りになる。途中、道路に牛が入り込み、徐行。のんびりとしたものだ。

 アイズダールに着いた。失礼ながら何もない町で、30分の待ち時間は少々長く感じられた。大きなスーパーマーケットがあって、絵葉書などを買い込む。掲示板に、地元の合唱団の団員募集広告があった。どういう活動をしているの合唱団員募集!か、ちょっと興味が湧いた。画鋲を人の頭に見立て、歌っている姿になっているのが楽しい。ぶらぶら歩きもこういう発見があると良いものだ。
 フェリーが来た。ここから対岸、リンゲに向かう。航行は10分くらいで、短い。リンゲは町ではなく、船着場とバス乗り場があるだけのところだ。ここからオーレスンへの最終コース。すぐにバスが来た。左手に逆光に輝くフィヨルドが見えて美しいのだが、次第に眠くなり、気付いたらオーレスン郊外の病院前だった。19:15、オーレスン着。10時間の観光が終わった。景色は良かったので、また来たいところだ。

 オーレスンでの夕食は、港に面した、そのままの名前のパノラマレストランというところにする。エレベータで上がって店の前で待つ。案内に来ないのだが、聞くと、まずソファーでカクテルでもやって景色を見ながら談笑し、後にテーブルに案内するとのこと。なるほど余裕のシステム。今日はいろいろと余裕だらけで嬉しいというより、せっかちな日本人にはなかなか慣れないことをさせられる。四の五の言わず、楽しむことにしよう。言われたとおり軽い酒を飲みながら過ごしていたら、席に案内された。オーストラリア産の白ワイン、食事はアスパラガスの前菜、メインは魚とエビのグリル、名前は忘れてしまった。十分に準備されたようで、順序良く出てきて楽しめた。
 明日はオスロへと向かう。07:20バスターミナル出発ゆえ、早めに就寝。


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