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第1日 01年4月30日 自宅→成田→ロンドン→プリマス

 昨夜からの雨は降り続いていた。よく眠れなかったのは、雨音ではなく気持ちの高ぶりであろう。0600時丁度に起床。目覚ましを2つ使って万全の態勢だったが、アラームが鳴る前に起きていた。ディズニーアンバサダーホテルからエアポートリムジンに乗ることにする。ホテルでチケットを購入したら客はたった1名、ゴールデンウィークだというのにガラ空きのようだ。ここが始発と思ったのだが実際は違って、0633にバスが到着すると先客が数名いた。しかし空いていることに変わりはない。第一→ヒルトン→東急→サンルートとホテルを巡るが、ヒルトンで1人乗って来ただけであった。最後に、ディズニーランド前で2人を乗せ、定刻0655に出発。途中混んでいるところもなく、0753に成田空港第1ターミナルに到着した。

 今回の旅は、東芝フィルハーモニー管弦楽団の2回目の海外公演、行き先は英・仏・独の3ヶ国である。本来はオーストリアも加えて4ヶ国の予定であったが、オーストリアの拠点が撤退したため、ウィーン公演が無くなって上記の3ヶ国、4公演になった。会社の名前を冠しているが、旅費、宿泊費は自弁である。それはそれで、当方としてはあまり負い目もなく、すっきりしていて良いと思う。現地の公演準備の人手、会場の費用などは会社が出しているわけだから、もちろん会社にも感謝している。さて、団体待集合場所にて合わせのGカウンター付近には、既に10人ほどが来ていた。無駄話をしてもまだ十分に時間があるので、まずは両替。ポンドとドイツマルクを1万円ずつ。フランスフランは事前に調達していたので、必要はなかった。13日間の旅行であるが、移動・公演・フリーの3日セットで行動するので、あまり現金を使う場面はない(はず)。元々、国内でも現金を持ち歩きたくない私は、ほとんどカードで済ませるつもりなのである。レートは、ポンドが異様に高くて、192円。確たる根拠はないが、何か、非常に損をしたような気分になる。団員が次第に集まり、予定通り航空券が配布され始めた。私の座席は48E、これは、どう見ても窓側ではない。乗り物に乗ると何がなんでも窓側、と思ってしまう私には、景色の無い12時間のヒマつぶしは、苦痛である。団体ゆえ仕方ないのであるが、あわよくば誰かと交代してもらおうと思う。手荷物を預けて、用事もないのですぐ出国審査に回り、ドトールコーヒーで朝食。あれ、免税なのに、市中より高いではないか。税金より、支店を出す費用の方がずっと大きいのだろう。しかし勝手な感想を言わせてもらえれば、幸先の悪いスタートである。

 人数も多く、チェロ、コントラファゴットなど大きな荷物もある団体なので、早めに機内に案内されるという話であったが、結局一般の人と一緒に搭乗となった。元々座席の場所が固まっているからこれで別に構わないし、荷物の置き方は団体内で工夫すればよいわけだ。なお、今回の旅行では2つの団体に分かれる。英国航空は1日に2便を飛ばしているので、1100発と1300発で約60人ずつに分かれて出発する。ゴールデンウィークゆえ、他のお客への配慮もあるし、荷物が多くて重量のバランスをとるために、分けたのだそうだ。前回の米国公演では3便、しかも3日間に渡って別れて行ったのだから、予定を考える側からすれば、今回の方がずっとマシであろう。機材はボーイングB747-400、2階建てのジャンボジェット機である。我々のいるエコノミーは3-4-3の座席配置で、私の48Eは真中4列の左から2列目、どこの窓にも遠い最悪の場所だ。とはいえ皆がわがままを言い出したらきりが無いので、黙って座っている。すると、意外なところに良い手があった。KOさん夫妻が、窓側のA列・K列(それぞれ左右一番遠い席)で別れ別れに座っているのだ。KOさん夫妻の席と交換すれば良い。左隣のO君にその案を提言して、無事、座席交換が終了、私は右側のK列に収まる。右側は往路行程中常に順光になるので、写真を撮るには最適なのである。よしよし、理想的だ。
 予定通り1100に離陸する。飛行機が大きいので、滑走路を長々と走って、ようやく飛んだという感じウナギ、食べたかったなぁがした。天候は雨、成田から新潟までずっと厚い雲の上で、よく揺れた。機長アナウンスでは概ね良好と言っていたが..ロシア上空でも雲は切れず、退屈する。昼食が出た。ウナギとチキンという選択で、当然、ウナギに人気がある。それを所望まだまだ白い世界したら、ちょうど隣のNOさんのところで最後の1食であった。エコノミーの後部というのは、どうも毎度これで困ってしまう。仕方なくチキンにするが、悔しいので、NOさんのトレイを撮影させてもらった。チキンもなかなかの味でよかったが、料理の蓋を取るときにデミグラスソースが飛び散って、ヴェストを汚してしまう。狭いところでごちゃごちゃやるのは苦手だ。いささか憮然とする。飲み物は白ワインにしたが、好みの味ではなかった。残念。雲は相変わらずで、ヒマつぶしに映画を1本見る。未だ景色は見えない。退屈な時間だが、シートの出来がよく、意外と疲れないのはありがたかった。シートピッチはエコノミーらしく狭いが、ヘッドレストの両脇に、頭を固定する仕掛けがあって、ぐらぐらしないので首が疲れないのだ。酔いもあってしばらくうつらうつらしていたら、景色が見えてきた。まだ一面真っ白で、コントラストがはっきりしないが、雄大で、楽しめる。川も氷結したままで、その上に雪がかぶっている様子。春は未だ遠いのだ。人跡がほとんど見えないこの景色、何度見ても、何時間見ても飽きない。
ウラル山脈を越える解氷が始まっている 飛行機はずいぶんと揺れた。何度もベルト着用サインが点灯、ジャンボジェット機でこれでは、他のエアバスやMD-11などの中型?航空機ではもっと揺れただろう。またしばらく曇っていたが、ウラル山脈を越えるところで再び晴れる。山脈を越えると、急速に雪が少なくなり低地に緑が増え、農場などが見えるようになった。ここから未だ4時間40分、ロンドンは遠い。前にスカンジナヴィア航空でコペンハーゲンまで飛んだときは11時間30分、ロンドン便に比べて30分しか短くないが、それに比べても長く感じる。機はようやくバルト海に入り、晴れたり曇ったりを繰り返す景色が眼下に展開する。もうロンドンに着いてしまうのではないかというほど待たせて2度目の食事が用意され、今度は希望どおりビーフの料理が選択できた。食事は2度とも良い出来で、堪能した。最近の航空会社は、いろいろ工夫しているということだろう。

 ロンドン・ヒースロー空港に着陸。天気予報は雨だったが、既に上がっていて、道路はロンドン郊外、雨模様乾き始めている。気温は6-7℃くらいで、涼しいどころか寒い。英国の入国審査は時間がかかると聞いていたが、事実けっこうな列が出来ていた。我々の場合、最初に英語に堪能なYKさんがいろいろ説明してくれたおかげで、他の団員は名前をチェックしただけで終了、手早く入国することが出来た。バゲージクレイムに行き、ターンテーブル上にあるTPO(東芝フィルハーモニー管弦)のシールが貼ってある荷物を片っ端から下ろして回る。こういうシールがあると、迅速に作業できて効率的だ。しかし、入国審査の別の列の方で時間がかかり、しばらく待つことになった。税関をノーチェックで通ると、空港の巨大さに相反してロビーが狭く、60人の団体がいると通行の邪魔になってしまった。急いでバスの乗車案内の説明があり、乗り場へと急ぐ。ロビーのすぐ前にバスが停まっていて、即刻乗ることができるのはありがたい。バスは3台で、座席に余裕がある。私は3号車だ。配られたハイネケン(英国製、アルコールが軽め)を飲みながら、初めての英国の風景を楽しんだ。
 今日は、300マイル先のプリマス(最初の公演地)まで行くことになっている。まだまだ、ここから4時間半もかかるのだ。夕方だが、時差上は日本の深夜なので車内はほぼ沈黙している。後で聞くと比較的騒ぎそうな人の多い(失礼)2号車もやはり沈黙していた由、さすがに眠かったのだろう。ブリストルを過ぎたところ(地名失念)で1回休憩となり、風の冷たさに目が覚めるもののその後はほとんど眠っていて、現地の21時過ぎ、プリマス市内に入った。日本ホテル玄関にて時間は明け方であるから眠いのも当然である。プリマスの宿はニュー・コンチネンタルホテルで、かなり古そう。日本の温泉旅館のように、方々に建て増ししていて寝ぼけた頭にはなおさら構造が分かりにくい。それに何より、ロビーが狭く、TPOの60人が入らない。これではチェックアウトの時は、もっと大変なことになりそうだ。私の部屋は220号室、同じトランペットのKOさんと一緒だ。13日間全行程、同室となる。220号室は日本風に言うと「3階」、建て増し部屋のすぐ裏が演奏会場した棟の一番奥にある。英国では日本で言う1階をグラウンド・フロア(地階、とでも言うべきか)と称すので、当地の2階は、3番目のフロアになる。建て増しした建物にありがちな意味不明のアップダウンを重い荷物を引きずりながら歩き、ようやく220号室に到着。外観から想像するよりはずっときれいで、広い部屋であった。なぜか、ダブルとシングルのベッドがあった。しかし、その理由を考えることもなく、眠りに就いた。


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01年4月下旬−5月中旬
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