第5日 01年5月4日 パリ

 08:00朝食のところ、皆疲れていることを考慮して30分遅れになるとのことだった。よって、08:00起床。全然寝足りない。今日は公演日だが、午前中はフリーなので、朝食後寝ていてホテルから、セーヌ川方向もよく、そのつもりで食堂に向かった。昨日までのプリマスとうって変わって、盛りだくさんの朝食である。クロワッサン、フランスパン、ハム3種(ひょっとすると4種、私が行った時、既に無いものがあった)、チーズ3種、スクランブルドエッグ、シリアル4種、牛乳、ココア、コーヒー、紅茶、ヨーグルト数種。なんだなんだ、この迷うほどの種類は?(いや、迷わないで全部食べたが)。しかも、全て、美味しい。嬉しい誤算というか、朝から堪能して部屋に戻ってきた。13時出発なので、12時に起きても十分間に合うので、2時間は眠れる。10時に就寝。

 12時前に起きた。気分は爽快である。今夜は開演時刻が遅い(なんと、20:30)ので、寝ておいて正解だと思う。服を手提げに入れて部屋を出る。出発7分前にロビー集合..あれ、集まり悪いなに下りたら、何と、この時刻になって外出から帰ってくる人たちがいる。フランス式時間管理になったのだろうか。空港で待ったりするのと、これは別問題と思うが..本番前なのだから、遊びが過ぎるのはどうか?。ホテル前は狭い道路なので、バスがなかなか入ってこられない。1台ずつ順次入ってきて乗り込むことになり、号車指定も何も、とにかく居る人から乗っていく。ところが、痺れを切らした後続のバスもどんどん入ってきてしまい、ホテル前の道路は完全にストップ。ついさっき外出から帰ってきた人も居るので、これは大迷惑になりそうだ。後方からクラクションが鳴り始め、1・2号車はとにかく出発、3号車がどうなったかは知らない。
 走り出してすぐ、セーヌ川を渡る。昨夜は真っ暗でどこを走っているか分からない状態だったが、このホテルは、ロンシャン競馬場の川パリのカオス向かい、のようなところにある。つまり中心部からは離れていて、通常の日本人観光客などが泊まるところではないらしい。天気は曇り。朝は少し雨が降っていたが、上がったようだ。競馬場の脇を通り、しばらくブーローニュの森の中を走る。森は広大で、ちょっと散歩というわけには行かないようだ。ポルト・マイヨーから凱旋門方向に曲がると、道路の流れが途端に悪くなった。凱旋門のロータリーは8本の道路からの流入・流出をさばくため、ものすごい渋滞、いや混乱、いやカオスと言ってもいい。右に左に、急制動、急発進の連続。自動車のブラウン運動だ。これは、外国人には運転できそうも無い。渋滞しつつも、何とかサリュ・プレイエルに到着。人通りの多い、狭い歩道でひとしきり記念撮影が始まる。ものすごく邪魔になっている。さっさと楽屋口に向かった。

 会場のセッティングは昨夜やったため必要ないので、すぐにリハーサルが始まった。私は今日、舞台で初めて練習するわけだが、昨夜、皆がやりにくそうにしている理由がよく分かった。舞台後方の管楽器の席では、弦楽器の音がよく聴こえないのだ。合っているのかどうか、確認できないので不安になる。元々オーケストラの後列にいる我々は、弦楽器の音を聞きながら演奏すると客席では遅れて聴こえるので、コンサートマスターやチェロのトップ奏者などの動きで入る場所を確認しつつ少し飛び込み気味で演奏するのだが、それでも多少は、弦楽器の音と比較しながら演奏するものである。ここは、それができないのだ。不安のまま、国歌、レオノーレ第3のリハーサルがあっさり終了。河地さんが何も言わないのは、果たして良い意味なのか諦められているのか?..
 私の出番は終わったので、SW君と遅めの昼食を食べに、出かけることにする。ホールのある近くは飲食店があまりない様子、ずーっと歩いて凱旋門まで行ってしまい、戻って途中のマクドナルドで済ませることにする。せっかくだから日本にないメニューにしよう。デラックス・マックというものにする。店員が厨房に向かって「デラックス・マック、スィル・ヴ・プレ」と言う。スィル・ヴ・プレというのは何か頼むときによく使われる言葉と聞いていたが、実際に使っているところを見ると、私など単純に感心してしまう。なお、デラックス・マックとはビッグ・マックと同じような内容で、肉を厚めにして1階建てにした、といえば分かりやすい。実際、味もほとんど同じであった。店を探すのに時間がかかったので、急いで食べて、ホールに戻った。リハーサルは、合唱の入る4楽章を後にして、1-3楽章をやっている。しばらく聴いていたが、控え室に行って日記の続きを書いていた。ところが、この間、事件があったらしい。3楽章で木管と弦が合わず、指揮者に長々とつかまったらしい。つかまった、とはオーケストラ用語かもしれない。いろいろと注意を受け、演奏を修正されることだと思ってもらっていい。それはともかく、このつかまったことを控え室まで持ち込んで口論する人がいる。非常にイヤなのは、お互い、おまえが悪い、で他人のせいにして平行線なことである。それで、演奏が上手く行くのだろうか?。どうも、旅行前の練習の追い込みあたりからこの傾向だったのだが、旅行の疲労でついに爆発してしまったようだ。未だ旅行は5日目、これから今晩含め3公演、8日間もあるのに先が思いやられる。心配だ。
 一旦休憩になり、夕食後合唱と4楽章を合わせることになる。ところが、ここでまたもフランス式スケジュールというのか、夕食が届いていない。遅れてサンドイッチが届くが、水が届かず、待っていたらグラスだけ届いて、結局水は来ない、という有様。これはいったい..コメントのしようがない。水は、結局合唱団用に用意されていたもの(らしい)を勝手に飲んでいた。私は先ほど遅い昼食を食べたので、サンドイッチは夜食用に取っておくことにする。することがないので、またも探索。壁の落書きで面白いものを発見した。「サリュ・プレイエル事務局はアーティストの持ち物の紛失や盗難に関し、責任を持つことが出来ません」とあるのだが、その仏文に'toujours'と書き込まれ、「『常に』責任を持つことが出来ません」になっていた。なかなかブラックな冗談だが、実際、パリでは気をつけるべきだ。地下鉄や夜道で取り囲まれて鞄から財布を抜かれたりするそうで、実に恐ろしい。本ツアーでも1人、やられてしまった。これは「スリ」と説明されているのだが、私見では、これは「強盗」ではないかと思うのだが。スリというのは、普通、気付かずに抜かれているはずだ..ま、盗られることには変わりない。いずれにしても、自衛が第一である。多額の資産を持ち歩かない、カネは分散する、囲まれるような場所に立たない、いろいろ言われているが、なかなかそういう気遣いをしながら行動することは難しい。日本も最近はそんなに安全ではないとはいえ..

 開場になる。が、なかなか客が来ない。まさか、ガラ空きか。状況を確認しに行った人によると、来ていないのではなく、皆、ロビーで挨拶し合っているか、ワインを飲んでいるとのこと。安心した、というかなんというか、しかし開演時間になっても、始められない。さすがフランス人。15分近く遅れて舞台に上がる(ということは、20時45分??)。舞台袖で待っている間、どこからともなく入ってくる冷気で、すっかり体が冷えてしまった。演奏も調子が悪い。フランス国歌、テンポも遅く、全体も今ひとつの演奏であった。国歌演奏のあと、演奏会収益の寄付のセレモニーがあり、現地法人の社長と寄付された側の団体代表者のスピーチがあった。この人のスピーチがたいへん長く、そして、なぜか舞台上が寒い。なぜだ?いや、これで冷静に演奏できるかも?..と埒も無いことを考えていた。レオノーレ第3は少し調子が良くなったが後半少し音を外してしまい、後から思えばあっという間に出番は終了。後はヒマになる。客席は超満員で、どこかに潜んで写真でも撮ろうかと思っていたが、それは無理なようだ。控え室に戻り、日記をつけながらサンドイッチを食べていた。カレーソースで味付けされたターキーサンドで、昨日同様、美味しかった。独り、サンドイッチごときで幸せになっていたら、トラブルが発生した模様。花束が来ていない。ちょっとまて、もう22時を回っているぞ。だいたい、こんな時刻にデリヴァリーするより、早く持ってきた方がお互いのためではないか?と思うが、だれがどこに発注したのかも分からないし、分かったとしても催促や交渉が出来るわけもない。やきもきして待っていたら、ギリギリセーフ、間に合った。フランス流は誠にヒヤヒヤするけど、妙に、帳尻が合っているような気もして来た。
 無事、終演。客席は大いに盛り上がっている様子。オール・ベートーヴェンプログラムで固いかなと思ったが、それは余計な心配、単なる先入観だったようだ。終演後、TPOの日本での演奏会だとオーケストラ、合唱の順で整然と退場するのだが、ここもフランス流、合唱団もわらわらと舞台から降りて華やかなパーティの裏で..きた。狭い舞台袖は大混乱になる。合唱団の方々、指揮の河地さんをサイン攻めにしている。当地でも、こういうことをするのだなと少し感銘を受けた。こちらは、すぐに楽器を積み込まなければならない積み込み終わってので、集合場所になっている食事部屋へと急ぐ。狭いのと、集合そのものが遅いので、なかなかスムーズに行かない。輸送箱に何度も詰め直し、トラックへと運ぶ。トラックへの積み込みは難作業であったが、楽器運送のプロであるケン・グラハム氏の指導で予想より手早く終了。楽屋口で1枚記念撮影をして、ホールに戻った。ホールの地下では、既にパーティ開始20分、といったところ。ロビーに親がいたので、少し話をして、別れる。通常のゴールデンウィークに沿って休んでいるので、ここで帰国なのだ。老齢ゆえ夜道、強盗などに遭わなければ良いが..パーティ開場はとんでもなく混んでいて、シャンパンをもらって部屋の隅に退避し、ちびちびと記念写真飲んでいた。日本ではこういうものを飲まないので、新鮮な味がした。パーティは特に挨拶・スピーチ等は無く、ひたすらしゃべりまくりであった。自然解散になって、控え室にワイシャツの忘れ物あり、と叫んでいる人が居たので見たら、それは私のシャツであった。素直に、反省。記念写真を何枚か撮影し、バスに乗り込んだ。ホテルに着いたのは25時。午前中寝ていて、まさに正解だった。

 疲れてはいたが、405号室(練習・談笑用の空き部屋)にて少し飲み直し。リハーサルの不出来の話が出た。もう少しポジティヴにやろうよ、としか言えない。このままひどくなると、帰国後オーケストラが分裂してしまいそうで、いろいろと話し込むが妙案はなかった。明日、ツアー始まって以来始めての終日フリー日がある。上手く行けば、そこで気分が変わるかも知れない。27:30、就寝。


第6日へ

旅行記トップへ


01年4月下旬−5月中旬
第3次欧州旅行
第1日 第2日 第3日 第4日 第5日 第6日 第7日 第8日 第9日 第10日 第11日 第12日 第13日